辞めた理由
俺達は一度宿に戻り、食事のため酒場を訪れそこで改めて話をすることに。
「……依頼者も、マヌエラの個人的な部分に触れることはわかっていると言っていました」
料理を注文し、待つ間にメルは語り始める。
「ただ、どう考えてもおかしいと……それこそ、研究者を辞める数日前まで、彼女は熱心で研究へ没頭していました。戦争を戦い抜いた存在として色々と仕事が回ってくると愚痴をこぼしつつ、それでも本当に楽しそうに……研究していたと」
「……例えば金銭的な何かがあったとか、そういうケースではないのか?」
俺が問いかけるとメルは首を左右に振った。
「依頼者も調べたようですが、彼女の研究にはむしろ予算がつけられていたとか」
「国側も、マヌエラの研究には価値があると考えた……か。まあ戦争の最前線を維持できた技術を開発したんだ。認められてもおかしくはないな」
「だからこそ、原因を知りたいと……ただ、個人的な理由に踏み込む以上、難しそうなら諦めるともおっしゃっていました」
メルは語りつつ、やはり知りたいという欲求が垣間見られる……俺はそんな彼女を見つつ、
「メル、調べるとしたらどういうアプローチをする? まさか直接尋ねるわけにもいかないだろう」
「そうですね……とっかかりがないので、まずはマヌエラが戦争後、研究者を辞めるまでに何をしていたのか調べないといけないでしょう」
「変に探ってマヌエラに気づかれないか?」
「そこは注意しなければなりませんね……とはいえ、面と向かって話をして語ってくれる可能性もゼロではありませんが」
「いや、残念ながらそれは無理だな」
俺は今日行ったマヌエラとの会話について説明をする。
「というわけで、戦友の俺でも答えてくれなかった」
「では、無理でしょうね……さて、ここで根本的な問題ですが、どうしますか?」
問いに俺とヘレナは沈黙。そこでメルは、
「私は……トキヤの話を聞けば、下手に詮索するべきではないと思っています……ただ、個人的な考えとしては、真相が何なのか知りたいという欲求は、あります」
正直にメルは言う……すると今度はヘレナが話を始める。
「うーん、豹変具合に気になるのは仕方がないけれど……メルさんの依頼主も、個人的に気になっているだけでしょ? トキヤさんへマヌエラさんが語った内容から考えると、例えば魔族絡みとかそういう話でもなさそうだし……深掘りするのもよくないんじゃないかな」
「そうですよね……トキヤはどう思いますか?」
問われ、俺は少し考える……マヌエラが研究者を辞めた理由。そこについて、話を聞く限り心当たりがないこともないのだが――
「……あくまで俺の考えなんだが」
「はい」
「マヌエラと話をしていて、俺なりに思うところがあった……これはあくまで俺が思っただけだし、正解ではないかもしれない。確かめるには、調べないといけない」
そこまで言うと、メルとヘレナは俺に注目した。
「……俺がどう考えているかを語る前に、メル。一つ質問がある。君に仕事を依頼した人は、例えばメルが断ればおとなしく引き下がってくれるのか?」
「どうでしょうね……依頼主は既につてを使って色々と調べているみたいなのですが……」
「調べているのに、俺達にも依頼を?」
「それだけ気になっているということでしょう……依頼主としては、誰かに口止めされたとか、政治的な意味合いで何かがあったのではと考えているようなのですが……」
「そういう話なら、俺が強く尋ねても口は割らないな」
その言葉にメルは頷く。それに対しヘレナは険しい顔をして、
「もし、政治的な話……とかだったら、下手に突くと危なくないの? 私、政治の世界とかほとんど知らないけど、噂レベルで血なまぐさい話とか聞いたことあるけど」
「……まあ、マヌエラは戦争に大きく貢献した……貢献してしまったからこそ、政治的な価値を持つようになってしまったのは事実だ。どれだけ人に尋ねられても、話せないし今は幸せだと語るしかない、みたいな状況になっている可能性もゼロではないが……現段階ではあくまで推測でしかない」
「……あの、一つ補足が」
と、メルがさらに話し出す。
「依頼主は、雰囲気的にさらに調べようとしている気配も見せていました。もし私達が断れば、何をするか……」
「その依頼主はずいぶんとマヌエラにご執心なんだな」
「……友人だったそうですし、研究者を辞めたことについてはそれこそ、私に対しても延々語れるほど思うところがあるようですし」
「……おせっかいを焼いて迷惑を被るのはマヌエラなんだけどな」
俺は頭をかきつつ、
「まあ、依頼主の状況はわかったよ……なら、俺がどう考えているか話そう」
そう宣言した直後、メルとヘレナは緊張した面持ちになった。なんだか二人とも、俺の意見に従いそうな雰囲気を見せつつ……そうした中、こちらは口を開いた。




