指導者
「ヘレナのことが気になるのか?」
まずはそう尋ね返すと、マヌエラは素直に頷いた。
「ああ、最強を目指す神族……希有な存在であると同時に、個人的には危ういような気もした」
「力を求め続ける、というのは確かに見ていて危なっかしいと思うよな」
「これは私が気になっただけで、トキヤ自身も色々と考えていると思うが……もし目の前に魔王が現れて挑む場合、彼女は――」
「無茶はさせないさ」
と、俺はマヌエラに答えた。
「ヘレナを仲間に引き入れたのは、俺なりの後進育成の一環だと思ってくれ。さすがに技量があるから魔王に挑めるだろ、と無謀な戦いはやらせないよ」
「そうか……」
「ヘレナのことを心配しているんだな」
「十年前、私なりに色々な戦場で色々な人間を見てきたからな……力を欲し続けた人間……いや、存在というのは、あまり良い結末を迎えていなかった」
「そこは指導者が重要だと思う……俺は正直、指導者として才覚があると言えないけど、メルがフォローできるし……」
「というより、彼女頼みといったところか?」
「……メルは今日、ヘレナのことを誘ったわけだけど、それは多少なりとも交流を深めたいという意味合いがあるだろう。メルとしても仲良くなることは重要だと考えている証左だし、俺としても共に旅をするなら、間違った道へ行こうとするなら無理矢理引き戻すくらいのことはするさ」
「そうか……余計な心配だったかもしれないな」
「正直、十年前のマヌエラを知っている俺からすると、他者を気に掛けるというだけで驚きだが」
「……そう言われても仕方がないな」
やれやれといった様子で苦笑するマヌエラ。ここで俺は、
「たぶんこれは旧友とか、知り合いとかと顔を合わせた時に数え切れないくらい問われたと思うが……マヌエラ、一体何があったんだ?」
「理由については話せない。ただそれは、何か後ろ暗いことをやっていたとか、そういうものではない」
決然とマヌエラは言う……表情から、何を考えているのか読み取ることはできない。
「ただ、研究の最中に私は研究者を辞めようという決断をした。それだけだ」
「……例えば誰かに脅されたとか、そういう話ではないのか?」
「心配してくれてありがたいが、本当にそういう話ではない……そもそも、誰かに何かを言われたから辞めたわけじゃない」
――俺は彼女の口ぶりから、もしかしてと思うことがあった。とはいえ、これは迂闊に言うとやぶ蛇になりかねないため、こっちから質問はできない。もし尋ねるとしても、彼女が研究者を辞めた経緯について調べないといけないだろう。
とはいえ、辞めた理由を調べる……というのは、彼女のプライベートな部分に踏み込むものではある。俺としてはさすがに――
「煮え切らない回答なのは申し訳ないが」
と、マヌエラは俺に話す。
「これ以上のことは語れない。悪いな」
「……そう言うのであれば、詮索はしないよ。ただ一つ、確認したいことが」
「何だ?」
「マヌエラは今、幸せなんだよな?」
問いに、彼女は即座に頷いた。
「当然だ……そこだけは、私も明確に主張するぞ」
「わかった。ならこれ以上この質問はしないよ」
そう述べた後、俺はきびすを返す。
「それじゃあ俺は、レメイトでゆっくりさせてもらうさ……手が必要であればいつでも言ってくれ」
「わかった」
「……と、もう一つ、重要なことを確認していなかった。もし薬が作れるとして、どのくらいの期間を想定している?」
「検証結果次第ではあるが、早ければ十日くらいで終わる」
「思った以上に早いな……うまくいくことを祈っているよ」
そう告げ、俺はマヌエラの部屋を出たのだった。
屋敷を出て、宿へ戻る帰り道……先ほどマヌエラと行った会話を振り返る。
「今が満足なのは間違いなさそうだけど……俺の剣を奪うほどのめり込んでいた研究を捨てる……というのは、並大抵の理由じゃないと思うんだよな」
ただやっぱり、プライベートを詮索するのは気が引ける……そんなことを思っていると、俺に近づいてくる足音。見ると、メルとヘレナの姿が。
「ああトキヤ、宿へ帰る途中でしたか」
「そうだけど……二人は屋敷へ行こうとしていたのか?」
「はい、トキヤと話をしたくて」
「俺に?」
聞き返した俺はメル達の顔を見る。観光を楽しんでいる、という雰囲気ではない。
「何があった?」
「……町を見て回っている途中で、マヌエラのことを教えてもらった知人と再会しました。そこで、一つ依頼を受けてくれないかと言われまして」
「依頼……腕っ節が必要なものなら引き受けるけど」
「いえ、残念ながらそういう方向性ではありません」
と、メルは俺の言葉を否定した後、
「端的に言うと……マヌエラが研究者を辞めた経緯。それについて調べてくれないか、と」
……俺はメルを見る。複雑な表情をする彼女もまた、個人的な話ではありつつも、どうしてなのかと知りたい欲求を持っていることがわかった。




