必要な物
マヌエラと話し合った後、彼女の夫である資産家とも話を行い……結果は、勇者トキヤに協力せよ、と彼はマヌエラへ指示した。
しかも「手を貸すのであれば、金はどれだけ使ってもいい」という太っ腹な言葉まで頂戴した。それでマヌエラもやる気を見せ、必要な資材を集めることとなった。
「ずいぶんとまあ、すんなり話が進んだな」
資材の発注書を書くマヌエラに対し俺は言う……今いるのは彼女の部屋。といっても自室ではなく、彼女が趣味で使用している書斎のようなものだ。
部屋にはいくつか本棚があって、そこには本だけでなく資料らしき物も押し込まれている。たぶん研究者時代の資料だろう。処分するのではなくここに保管してあるのは――
「……話は逸れるが、どうして研究者時代の資料がここにあるんだ?」
「いざという時のためだな。実際、今回の話だって資料が残されているから円滑に行動できるのだぞ?」
ペンを動かす手を止めないマヌエラの言葉に俺は「なるほど」と応じつつ、
「そのいざ、というのは魔王が復活した時のため、とかか?」
「そういうケースもあるとは考えていた……戦場から離れて十年経過している私に何ができるか、という話ではあるが……ああ、一応言っておくが見られてまずい機密的なものは既に処分してある。ここにあるのはあくまで個人的な趣味などで研究していた資料だ」
「まあ、それならわからなくもないか……」
俺は述べた後、話を戻すことに。
「それでマヌエラ、ずいぶんと君の主人は気前のいい感じだけど……」
「そこはあの人なりに打算があるのだろう」
「打算?」
「勇者トキヤは、復活した魔王について調査をするために動いている……そこで困りごとがあり、昔の戦友を頼ってきた。それに喜んで手を貸す……主人としても、政治的な意味合いで心象がよくなるだろう?」
「言われてみれば、確かにそうかも……」
「そういうしたたかさがあるからこそ、こんな大きな屋敷を持っているのだろう……私と結婚をしたのも、まあ打算があるのだとは思うぞ」
「それは、魔王との戦いに貢献した人物を受け入れることで……?」
「そんなところだ。とはいえ、別にぞんざいな扱いはされていないし、私としてはそのしたたかさに感心することもある。あと、それなりに愛情も感じているし満足はしているさ」
「……マヌエラが良いというのなら、俺からは何も言わないけど」
肩をすくめつつ俺は答え……やがて彼女は手を止めた。
「ひとまず、必要な資材の発注書は準備した」
「資材……というのは、薬を作る道具とかか?」
「そうだ。主人は金をどれだけ使っても、と言っていたが金額としてみればこの屋敷を維持するのに問題はない……どころか、あまり影響はない程度の額だ。主人からすれば、拍子抜けするかもな」
「使う金を増やせば、ヘレナに合う薬が手に入る……というわけでもなさそうだな」
「それができれば良かったんだが……さて、とにかく検証を進めなければならない。明日からは本格的にヘレナに対する研究を始めよう」
――ちなみに、メルとヘレナは町を見て回っている。たまには観光もいいだろうということで……ヘレナは鍛錬したそうだったが、メルが半ば強引に連れ出した。
「マヌエラ、確認だが今日からやらなくてもいいんだな?」
「他にも色々と準備があるからな。資料をひっくり返して薬の作成方法から検証手法まで、一度整理しておく必要がある」
「そうか……なら、明日から頼む。ちなみに、俺に何かできることはあるか?」
「金で手に入らない素材の収集だな」
「山奥にあるとか、そういうタイプ?」
「ああ。大抵の物は取り寄せられるが……魔法の道具の素材などにも適さない、基本的に役に立たず流通しないような物もある。トキヤがそれを採取してきてもらえると助かる」
「今すぐ動いた方がいいか? レメイト近辺なら、さっさと採ってくることもできるが」
「レメイト周辺で採取できる物ばかりではあるが、少し待ってくれ。今回薬の対象が人ではなく神族である以上、私が過去調合していた薬とは違う素材が必要になるかもしれない。それを見極めるまでは動かないでくれ」
「わかった。少しの間暇になるな。仕事でもするかなあ」
「真面目だな……まあ、トキヤらしいと言えばそうか」
そう呟いた後、マヌエラは少し間を置いた後、
「私からいくつか質問があるんだが、いいか?」
「俺に? 魔王に関することならわからないことだらけだぞ」
「興味はあるが、調査中であれば尋ねることはしない……別のことだ」
そう前置きをしつつ、マヌエラは俺と目を合わせた。
「まず、今回薬を作成するヘレナについてだ。私はその実力を目の当たりにしたわけではないが、トキヤが見定めた以上は相当な技量なのだろう。その上で、彼女は魔王に挑めるだけの力を有している思うか?」
問いに対し……俺はまず、質問の意図から尋ねることにした。




