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三度目勇者の異世界紀行  作者: 陽山純樹
第二話

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研究者の豹変

「――戦場にいても、ずいぶんと冷静な人だね」


 一通りマヌエラのことを語った後、ヘレナの第一声はそれだった。


「物事を俯瞰して見ているというか……」

「研究者だから、かな。まあともかく、彼女の冷静な言葉や分析は何かと頼りになったよ。めざとくもあって、魔物の動きから罠があると見破ったことだってあった」

「聞けば聞くほど、戦いに向いてそうな性格だけど……」

「戦闘そのものにやる気はあったよ。ただまあ、その動機づけは実験と、さっさと終わらせて帰りたいだったが」


 その言葉にヘレナは苦笑する。


「……まあでも、そんな理由でも戦線を維持し続けられたというのはすごいことかな」

「まあな。ただマヌエラはどれだけ功績を挙げても興味なさそうだったんだよな……」


 そこまで言うと、俺は空を見上げた。


「ちなみに十年前の時点で彼女は二十五歳だった」

「……戦争時点でその年齢なら、研究者はやめてどこかの貴族と結婚していてもおかしくないんじゃない? 戦争で功績があったなら、なおさらそんな可能性も……」

「正直、マヌエラのそんな姿想像できないけどな……」


 と、会話をしたところでメルが建物から出てきた。淡々とした表情だけど……情報は得られたのかな?


「どうだった? メル」

「その……」


 メルは困った顔をする。どうしたんだ?


「結論から言うと、マヌエラの居所はわかりました。レメイト内にいるようなので、今から会いに行くことは可能です」

「お、本当か? なら話は早いな。ヘレナの薬だって作ってもらえるかも――」

「ただ」


 と、メルはどこまでも複雑な表情のまま、語る。


「その……彼女どうやら引退しているようなのですが」

「へ? マジか?」

「はい……しかも、結婚して子供も生まれているとか」


 ……顎が外れると思うくらい口を大きく開け俺は呆然となる。


「……マヌエラが?」

「はい」

「いや、その……ま、まあなんだ。十年も経てば価値観も変わる。研究一辺倒だったマヌエラだけど、あの戦争を乗り越えて何か思うところがあったのかもしれない」

「そうかもしれないですね……」

「メルはなんだか煮え切らない反応だな」

「価値観が変わった、という点については別に否定はしません。ただ、私が訪ねた知人は、マヌエラについて一つ言及していたのですが」


 と、メルは解説を始める。


「戦争後、彼女はレメイトにやってきて研究を再開したそうです。二年くらいはそうやって活動していたのですが……」

「急に変わったのか?」

「はい、知人があるとき訪ねに行ったら、研究室を既に引き払った後だったそうです。どうしたのか尋ねたら、研究職を辞めると言ってそれっきりだったとか」


 ……その豹変具合に俺は眉をひそめる。


「メルの言うとおり、価値観が変わったという可能性は否定しないけど……いくらなんでも疑問が残るな」

「はい……トキヤ、どうしますか? 先も言ったようにレメイト内にいるので、話をすることはできますが……」


 問われ、俺は少し考え、


「うーん、そうだな……ひとまず訪ねてみるか。何か事情があって研究とかから離れているのであれば、もしかすると門前払いかもしれないけど」

「トキヤであれば、おそらく会ってくれると思いますよ」


 そう答えつつ、メルは案内を始める。ヘレナはマヌエラと会ったことがないため反応は薄いが……俺は内心驚きつつ、町中を歩き始めた。






 マヌエラが暮らしている場所は、レメイトでも端の方に存在する屋敷。何でも、研究者辞めてあっさりと貴族と結婚したらしい。

 しかもその貴族は、レメイト内でも有数の資産家……鉄柵によって区切られた敷地は広く、庭園も大きい。よくよく見れば庭の手入れをしている人が複数人いるのだが……。


「そもそも、マヌエラの知り合いだとして会ってもらえるのか?」

「わかりません。とはいえ、ひとまず話をしてみましょう」


 メルは門の外から近くにいた使用人に声を掛ける。用件を伝えると相手は一礼した後、屋敷の中へと入っていった。

 それから少し待つことになり……屋敷の扉が開いた時、俺にとって見覚えのある人物が現れた。


「あ……」

「久しぶりだな、トキヤ!」


 と、以前と変わりがない口調で俺へと呼びかける……ドレス姿のマヌエラ。地味な配色のものだが、白衣や軍服しか着ている姿しか見たことのない俺にとっては、新鮮に映った。

 そして、顔つきは……化粧をしているためなのか、十年前と何ら変わっていないように思えた。いや、むしろ若返っているとさえ――


「……私の今の姿を見て、そんな顔をしたのはトキヤが初めてだ」


 門前まで来ると、マヌエラは俺にそう言った。


「大抵は呆然となるかひっくり返りそうになるほど驚かれる」

「俺も話を聞いて最初は開いた口が閉じなかったさ……」

「それは私も同じだ、トキヤ。まさか再び召喚されるとは」


 そう言うとマヌエラは屋敷を手で示し、


「積もる話もあるだろう、中に入れ」

「いいのか?」

「主人からは自由にしていいと言われている。むしろ魔王を二度倒した勇者を招かないなど、選択肢はないさ」


 そう言うとマヌエラは笑い――俺達を屋敷へと案内した。


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