世界に対する反逆
「魔王が引き起こした戦争……勇者トキヤに滅ぼされた結果、その報復として攻撃を仕掛けた、というわけだが……個人的に、少し引っかかっている」
「というと?」
俺は聞き返す――今の俺は、この戦争がどういう経緯で行われたものなのか知っているが、この時点では何も知らなかった。
「トキヤは魔王に挑み、倒した……魔王はその報復をするために戦争を仕掛けた、と考えるのが一般的だ。魔王が潰えたことで魔族の勢力圏も減ったからな。それを打開するために魔王は復活直後に、戦争を仕掛けた……というシナリオなわけだが……以前トキヤは私に魔王に関して話したことがあっただろう?」
「そうだな……確か俺は――」
「魔王はトキヤのことを見ているようで見ていなかった」
彼女の言葉に俺は頷く。
「魔王にトドメを刺したのは俺だが……その戦いの中で、魔王はどんどん追い込まれていったわけだ。そうなれば当然俺に対し憎しみを抱いたり、怒ったりするはずだ」
「そうだな」
「けど、剣を向けている間……俺に対し魔王はさほど強い感情を持っているわけではなかった。そして追い込むほどに、魔王らしからぬ感情……恐怖のような負の感情を抱いていくのを俺は感じ取った」
「魔王が人間に恐怖を?」
「あくまで俺の感じたこと……だけど」
その言葉にマヌエラは目を細める。
「魔王の攻めは苛烈だが……それを踏まえてなお、魔王はトキヤに恨みを抱いていないと?」
「そこまでは言わない……というか、最後の最後になって魔王は突如憤怒し始めたし……でも、その矛先はなんだか違っていたようにも思える」
そう述べた後、俺は改めて魔王との戦いを思い起こし――
「今回の戦争……まだ魔王と戦ったわけじゃないけど……俺に対する恨みというよりは、この大陸に存在する者達に恨みを抱いて戦っているように思える」
「世界に対する反逆、といったところか」
そう述べた後、マヌエラは自身の見解を述べた。
「トキヤの話を参考にすると、トキヤ自身に直接的な恨みがあるというよりは、魔王討伐に異世界の人間を担ぎ出した国々に恨みを持っていたんじゃないか?」
「国に……?」
「トキヤは確かにこの世界において特別な力を所持している。それは紛れもない事実だが、持っているからといって魔王を倒せるかと言われれば、そういう話ではない……トキヤは自分が選ばれた存在であることを理解し、勇者として責務を果たそうとした。全てを放り投げて不貞寝する権利はあったはずだが、そうではなく戦い続けた」
「旅をしている時は、それが正しいと思っていたから……」
「トキヤが善人である証拠だな……ま、他ならぬトキヤ自身がどう考えているかはわからないが……ともあれ、私が言いたいのはトキヤが魔王を討ち果たしたのは、トキヤの独力ではなく、様々な人や国の支援があったからこそ、だ」
「ああ、間違いない」
俺は頷く。旅を通して得られた知識や技術、何より仲間によって俺は、魔王を倒すことができた。俺は元の世界で言う異世界転移ものの物語の中に入り込んだ存在ではあるが、魔王を一発で倒せるようなチート能力は持ち合わせていなかった。
「独力ではどうにもならなかったが、国々の協力によって魔王を討てる資格を得た」
「そうだ。よって、魔王が狙いを定めるべきは勇者トキヤ個人ではなく、トキヤを勇者にした国々……ということだ」
「なるほど、筋は通っているかな……」
「魔王は現在、この大陸の覇権を得るべく戦争を起こしている。ただ勢いからすると、絶滅戦争と形容してもよいものだ……魔王は決して野性的で、衝動的に動くような存在でないことは歴史が証明しているが、現在の犠牲を顧みず全てを滅ぼすべく突き進むのはこれまでの常識では考えられず、よほどの憎悪でもなければ説明できない……憎悪を真正面から戦ったトキヤ自身があまり感じていないのであれば、やはり恨みの対象は別にあるのだろう」
そう語ると、マヌエラはさらに語っていく。
「これは憶測でしかないのだが……トキヤが魔王を滅ぼさずとも、いずれこんな戦争が起きていたのではないか、と私は思う」
「どうして?」
「魔王がどんな理由で戦争を仕掛けているのかはわからんが、魔王に挑む者はトキヤ以外にもいた……結果としてトキヤが到達しただけで、この世界の人間が功績を手に入れてもおかしくなかった……いずれ滅ぼされるのであれば、トキヤがこの世界にこなくとも、こうなっていただろう」
どこか達観した物言いで語るマヌエラ……元々そんな風に考えていたのかはわからないが、俺の話を聞いてよりそんな風に確信したらしい。
「魔王は、他種族に対し敵対的な関係ではあったが、こんな戦争を仕掛けてくるようなことはなかった……今起きているのは、魔王を滅ぼした結果……それが要因になっているとは思うが、トキヤの言葉が正しければ、討伐されたという事実はきっかけでしかないのかもしれん」
「魔王が理由を語ることは……」
「ないだろうな。よって、戦争の真実なんてものを知る存在は魔王以外にない……ま、どういう理由にせよ私達のやることは変わらない……さて、そろそろ最前線に向かうとするか――」




