十年前の戦場で
マヌエラという人物は、俺の剣を奪い取って研究したように、本来は戦場など出ずに研究室にこもって作業をする学者……の、はずだった。
けれど、十年前の戦争はそれを許さなかった。フリューレ王国は国が崩壊する事態を避けることはできたが、それでも絶え間なく襲いかかってくる魔王軍相手に戦い続けなければならなかった。
結果、戦闘員以外も駆り出されるケースがあった……もっとも、部屋にこもって研究をしている人物がいきなり戦場の最前線で戦えと命令されても無理だ。よってそうした人物は主に後方支援を担当し、戦線維持に貢献していた。
ただし、これには例外がある。その筆頭がマヌエラ……自衛のために薬で魔力の流れを調整できるようにした、というのはつまり戦えるようにした、という意味でもある。魔法使いの戦力が足りなくなる中、少しでも戦力になるのであれば、と彼女は無理矢理戦場に引っ張り出されてしまったのだが――
「……おーい」
とある野戦、魔物を多数迎撃した戦場で、俺はマヌエラに声をかけた。
彼女は研究している際、白衣を着ているのだが戦場にいる彼女は黒い軍服を袖を通していた……いつ何時顔を合わせてもさっさと脱ぎたい、みたいな顔をしていたのを覚えている。
で、そんな彼女に声を掛けたのは、前線から少し離れた場所で寝転がっていたためだ。一応フォローをすると、彼女がいた場所は元々戦場の最前線だったが、人間側が押し返した結果、前線が移動したのだ。
「大丈夫か? 生きているか?」
「……ああ、どうにかな」
寝起きのような声と共にマヌエラは上体を起こした。
「少しばかり派手な魔法を使った結果、疲労したので横になっていたのだ」
「陣地に戻って休めよ……こんなところで寝転がっていて、騎兵にでも踏まれたら終わりだぞ」
「そう心配するな。前線が移動しただろう? 問題がないことは確認済みだ」
彼女は立ち上がる。本来は研究者――大抵の人間は戦場に立つだけで恐怖に顔が染まるはずなのだが、彼女は違った。
「よし、回復した。薬の効果もまだ残っている……もう一仕事しよう」
「マヌエラほど、やる気に満ちた研究者はいないだろうな」
そう俺は感想を述べつつ、
「けど頑張ろう、というやる気の根源は魔法の実験がいくらでもできるから、だろ?」
「その通りだ」
臆面もなく彼女は答える。
「戦場とは恐ろしいもの……そう私も理解はしているが、いざこうして戦ってみると私の理論を証明する絶好の機会だと気づかされた。戦士風に言えば、戦場が私を呼んでいる、といったところか?」
「単に実験したいだけだろ……味方を巻き込むなよ」
「そう心配するな……しかし、この戦争は理不尽極まりないが、実験対象にできる魔物が向こうから襲いかかってくる、とわかれば気分がいくらかマシになるな」
「それ、部隊長とかに言ったら拳骨じゃ済まないだろうから言わない方がいいぞ」
「わかっている」
「というか、俺にはずいぶん遠慮なく言うな」
「トキヤが私の言葉で気分を害するようなことはない、だろう?」
彼女の言葉に俺は肩をすくめる……まあ、彼女はマッドサイエンティスト一歩手前みたいな存在だし、明らかに普通の人と倫理観が違うのだが、それでも彼女の信念はまっすぐであり、だからこそ俺も認めている部分もあった。
物言いもかなり強気だったりするのだが、まあこういう人だからな、で俺は終わっていた。最初のコンタクトが俺が持つ剣を奪い取る、だったのでそれ以上のインパクトがない限り俺としてはなんとも思わなかった。
「……で、だ。トキヤ」
「ん、どうした?」
「魔物を追い返せそうな情勢ではあるが……まだまだ先は長そうだな」
「マヌエラが研究室に戻れる日はまだ先だな」
「まだまだ実験したいことはあるからそれはかまわん。それに、私が開発した薬の効果で実証したこともあるからな……」
「その薬、他者に応用できるのか?」
「可能だ。とはいえ、私は自分の魔力を研究して流れを変えれば戦闘に応用できると気づいたため、実行に移した。他者に応用するとなれば、当然相手の魔力について研究する必要がある」
「時間が掛かりそうだな」
「コストも見合わないだろう……ま、薬の効果実証についてオマケ程度だ。さて、次はどんな魔法を浴びせてやろうか」
考え始めるマヌエラに俺は苦笑する……戦場で顔を合わせてからずっとこんな調子だ。ある意味頼もしくもあり、同時に恐ろしくもあった。
「……マヌエラ」
「ん?」
「今回の戦争について……マヌエラはどう考えている?」
俺はなんとなく問いかける……深い意味のあるものではなかった。ただ俺とはあまりに視点が違うマヌエラが、この戦争についてどう思っている気になったのだ。
そんな質問に対し彼女は……少し目を鋭くさせながら、俺に答えた。




