魔法の町
目標設定後、何の障害もなく俺達はレメイトにたどり着き、まずは宿を手配して一泊。翌日からマヌエラを探すべく行動を開始した。
――レメイトの町は、他の宿場町とは大きく異なっている。堅牢な城壁に囲まれ、町の規模も相応に大きい。歴史的には重要な交易路だったのだが、そこから発展して魔法の研究機関が生まれた。というのも、この周辺には人間が扱いやすい魔力集積点がいくつも存在しており、それらを利用するため魔法使いとか研究者とかが集まった結果、ここに学び舎などが多数建設されることとなった。
町中には複数大図書館があるし、大通りから少し路地に入れば、学生が歩いている……町の構造としては、十字に存在する大通り周辺は基本的に他の町とそう変わりがない。その一方で大通りから逸れると、途端に学生や研究者が歩く学者の町になる。
俺は何度かこの町を訪れたことはある……のだが、研究分野についてはまったく関心がなかったため、基本的には大通り周辺にいて、他の町と同じような感覚だった。
けれど、今回は学問の町としての部分に足を突っ込むことになる……で、問題のマヌエラ探しについてだが、
「さすがに酒場を訪れて話が聞けるわけではないよな」
「でしょうね」
朝、俺達は宿を出て行動を開始する。
「メル、何か案はあるか?」
「まずはこの町にいる知人を訪ねましょう」
「知人?」
「十年前の戦争で関わった人物がこの町にいるはずです……とはいえ、私が持っている情報は古いので、この町にいることを祈る必要はありますが」
――というわけで、メルの知人に会うべく町中を歩く。彼女によると、レメイト内にある研究機関で働く人物らしい。
俺とヘレナは彼女の先導に従い、町の奥へと進んでいく……大通りを少し離れると、途端に黒いローブを着た学生とおぼしき人物が目に入る。
「町中にある学園の制服かな?」
「そうですね。レメイトで学んだ人は、大抵この町の研究機関などに属することが多い。ただし腕っ節が強い方は騎士とともに国に仕える魔法使いになりますが」
「フリューレ王国にとって、レメイトは魔法使い養成機関だからな……戦略的にも重要な拠点だったが、俺はあんまり縁がないな」
「トキヤは確か、フリューレ王国内の戦いではもっぱら首都で戦っていましたからね」
「首都防衛戦ばっかりだったな……どうにか魔族の侵攻をはねのけた後は、平原とか街道とか野戦ばっかりだったし」
「戦争……」
ふいにヘレナが呟く。それに俺は首を向け、
「何か気になることが?」
「あ、えっと……十年前の戦争、というのはどんなものだったのかな、って思っただけ」
「ヘレナは年齢的に戦場に立っているわけがないから、戦争の記憶とかは薄いか」
「私の場合は、町中から出ずに嵐が去るのを待っていただけだから……」
「神族は一番魔王に近しい場所にいますが」
と、メルが話し出す。
「その能力から、戦争開始時点ではあまり魔王側が干渉していませんでしたから、被害は一番少なかったはずです」
「そうだな、だからこそ守備を固めていれば、襲われることはなかった……ヘレナみたいな境遇の神族は多いのか?」
「私と年齢が近い同族は、似たようなものだと思う」
「そっか……戦争の悲惨さを知らないなら知らないでいいよ。ただ、興味はあるのか?」
「ザナオンもいくらかは語っていたけど……正直、あんまり話したがらない様子だった」
「名声を得たい人間なら、戦争での功績を語るのかもしれないが、多くの当事者は喋りたがらないだろうな……」
「それだけ、悲惨だったってことだよね?」
「そうだ。自分が得た功績を自慢するなんて馬鹿馬鹿しいと感じるほどに……あれは、悲惨な戦いだった」
俺の言葉にヘレナは沈黙する。興味はあるが、踏み込んではいけない……そんな考えに至っているのだと推測できた。
そんな彼女に対し俺は、
「興味があるなら答えるぞ」
「いいの?」
「とはいえ、さすがに個人の名前とか踏み込んだものは語れないけどな……どんな戦いだったのかくらいは、語ってもいい……歴史として語り継がれるべき話ではあるだろうし」
そこで俺は「とはいえ」と一言添え、
「気持ちのよい話ではないから、食事中とかは勘弁してくれ」
「それはいいけど――」
「着きましたよ」
会話の間にメルが告げた。見れば、石壁に囲まれた、二階建ての大きな建物が真正面にあった。
「ここは確か、薬学の関連施設だったはずです」
「言われてみると、ほのかに薬草の香りがするな」
「ひとまず私が施設内に入って話を聞いてきます。ここで待っていてもらいますか。時間が掛かるようであれば一度戻って連絡をします」
「ああ、わかった」
返事と共にメルは施設内へ足を踏み入れる。そんな様子を見つつ俺はヘレナへ、
「で、何が聞きたい?」
「……なら、今回顔を合わせるマヌエラって人についてはどう?」
「ああ、いいよ」
俺は頷き、話し始める……それと同時に、脳裏に十年前の戦争に関する記憶が鮮やかに蘇ってきた――




