人間の技術
森の中にいた魔物の数は多く、首謀者である神族を倒したから終わりというわけではなかった。しかし魔石を破壊したこともあってか、森の中で魔物が生まれているようなこともなく……その数を確実に減らしていった。
首謀者が森の外へ突撃する際に一時森の中で警戒していたのだが、そいつが消えたことで歩き回るようになり、森の外から誘えばあっさり応じるようになった。結果、討伐については順調に進み……休憩や人員の交代などを繰り返しつつ、俺達は戦い続けた。
そして――空が茜色の空になりつつあった段階で、森の中にいる魔物をほぼ全て倒しきることに成功した。複数の魔法使いが森の中を確認し、討伐を果たしたことを認識すると、騎士や兵士達は沸き立った。
魔力そのものはまだ澱んでいる場所も多いため、ツォンデル自体の再生……それこそ、精霊が再び現れるようになるまでは時間が掛かるだろうけど、とりあえず周辺の村や町に影響を及ぼすことはない。俺は歓声を上げる兵士達を眺めつつ、剣を収める。
長期戦であったため疲労感はある。だが、それもどこか心地よい……十年前でもあった。戦いに勝利し、魔王の軍勢を追い返した時のような気分であり――
「お疲れ」
端的な物言いと共にヘレナが近づいてきた。俺は彼女へ「お疲れ」と返しつつ、
「相手が神族ではあったけど、魔物相手に剣が鈍ることはなかったな」
「驚いたけど……なんとか」
ヘレナは小さく息をつく。彼女としては暗澹たる気持ちだろう。
「……ねえ、一ついい?」
「どうぞ」
「神族との攻防……トキヤは真正面から受けられないくらいの力を持っていた、でいいの?」
「まあ、純粋な魔力総量は神族が上だからな……そこに魔族の力まで上乗せされた以上、俺というか人間に勝ち目はないな」
「……その剣のおかげ?」
俺が腰に差す剣を見据えながら問い掛けてくる。
「この剣の力が大きいのは事実だけど、それだけじゃない……あの神族は最後の最後まで気付かなかったけど」
「……そこは、人間の技術か」
「正解だ」
――圧倒的な力を俺は、真正面から受けた。けれどそれは馬鹿正直に力だけで受けたわけじゃない。事例を挙げるなら、剣に宿した魔力は相手の剣に込められた魔力を受け流すようにしていたし、押し込もうとする膂力に対しては、身体能力を強化しつつ重心のかけ方とか、上手いこと力を分散したりして、対抗した。
この他にも色々と技術的な要素がある……つまり俺は、圧倒的な力に対し剣の力と人間が持つ魔力技術と剣術――そういった様々なものを利用して対抗した。
「相手も最後の最後で気づいたみたいだけどな……人間には、力に対抗できる技術がある。それがあったからこそ、俺は魔王を倒せた……もう一つ付け加えるなら、経験もあった」
「経験?」
「二十年前と十年前……その戦いの中で、今回みたいに魔族の力を得た神族……つまり、裏切り者の存在だってゼロではなかったし、戦ったこともある」
その言葉にセレナは少し目を見開き、
「……初めて聞いたけど」
「色々あって闇に葬られた話だからな」
「私が聞いて良かったの?」
「ヘレナは誰かに言いふらすことはないだろ? それに、今後人間社会で最強を目指すなら、どこかで小耳に挟むかもしれない」
「人間の間では広まっているの?」
「周知されているわけじゃないが、そういう神族がいた戦いとか、事件とかに関わった人とかもいるし……ま、神族の指導者を責めないでやってくれ。俺も詳しいことは知らないが、内容的にヤバイ案件だったみたいだし」
その言葉でヘレナは「わかった」と応じる。それを聞いて俺は話をまとめることにする。
「さて、討伐は終わったわけだし後は帰るだけだが……バルドによると、安全かどうか確認するために野営するらしい。俺達は雇われの身だから、帰ってもいいが……」
そこで、俺はこっちに近づいてくるザナオンが目に入った。
「ザナオン、そっちはどうするんだ?」
「帰るか野営するか?」
「そうだ」
「ひとまず残るつもりだ……メルは後でトキヤと相談すると言っていたが」
「俺としても警戒が必要だと思うし、残るつもりではあるよ」
――その後、メルと顔を合わせ残ることに決定。よって騎士達に設営してもらったテントの一つ近くで火を囲みつつ、食事をすることに。
メンバーは俺とメルにザナオンとヘレナ。ちなみにバルドはまだまだやることがあるとして、動き回っている。キビキビと歩く姿は、まだまだ現役を思わせる。
そうした中、メルが慣れた手さばきでシチューを作り、俺達はそれを黙々と食す……やがて腹も満たされ一段落ついた時、ザナオンは話し始めた。
「……正直、神族が相手だとは予想外だったな」
「誰もが同じことを思ったはずだ。可能であれば理由の一つでも聞きたかったが……」
俺はヘレナの顔を窺う。彼女は森の方角――漆黒を見て、何事かを考えている様子だった。




