作戦開始
討伐隊が準備を進める間にも、森の状況は変化を始めた。
人間達がここへやってきたことに対する警戒か、森から魔物が少しずつ姿を現した。肝心の種類は狼のような見た目の個体から、骸骨の姿をしたものまで……種類は様々であり、一見すると自然発生した魔物のであるように見える。
「……ヘレナ、魔物で何か気になることはあるか?」
森から出てきた魔物を観察しつつ、俺はヘレナへ問い掛ける。
「例えば魔族の気配を感じるとか」
「……私の目から見ても、特段魔族の気配があるようには思えないけど」
じっと魔物を見据えながら彼女は答える。
「でも、何か……違和感みたいなものが……説明できないけど」
「普通の魔物とは違うか」
「魔物が群れを成すと、通常の特性と異なるみたいな話も聞いたことがあるけど……」
「その変化の差、くらいの違和感ってことか……でもまあ、普通とは違うことがわかっただけでも収穫か」
俺はそう答えつつ、森からどんどん出てくる魔物達を見続ける。
「ねえ、私達は森へ踏み込んで魔物を倒すの?」
ふいにヘレナが尋ねてくる。その問い掛けに対し俺は首を左右に振り、
「まずは魔物の数を減らすことを優先だ。あの様子なら森の手前まで行けば魔物が攻撃してくるだろ」
「……ある程度減らしたら森を調べる?」
「状況に応じて立ち回りは変える。魔物の出方からして何者かが率いている可能性もゼロじゃないが……そうであればメルから連絡が来るだろう」
そう答えつつ、俺はもう一つの可能性を提示する。
「最悪なのは、倒しても倒しても魔物が減らないという状況だな」
「断続的に魔物が生まれ続けていると」
「魔族など、誰かが裏で手を引いてなくとも、魔物が生まれ続けているなんて事態だったらかなり面倒だ。ただ今回はメルが裏方に回っている。魔物の数が減らなかったりどこかで生まれ続けているとわかればすぐに連絡が来るはずだ」
そう言いつつ、俺はヘレナに視線を送る。
「ツォンデルへ来てみて状況を改めて理解できた。思った以上にやばそうな仕事だ。場合によっては、無理をする必要性もありそうだ」
「無理……というのは……」
「森の中心にいる何者かのせいで魔物が生まれ続けている。討伐を果たすためには、森に無理矢理踏み込んでそいつを倒さないといけない、とか」
「仮にそうなったら、討伐隊の戦力では難しそうね」
「ここについては少し戦ってみてから判断かな。ともあれ、少しでも早く情報を集めること。前線にいる俺達より、メルのように裏方で分析する存在が重要そうだ」
「トキヤ。ちょっといいか?」
ふいに名を呼ぶ声。振り向くとバルドがいた。
「陣地の準備は終わったぞ。メルも現時点で周囲の状況を確認している。情報はこちらに逐一届くような手はずにしているから、何かあれば迅速に伝令を送る」
「わかった……状況が刻一刻と悪くなっている。メルには少しでも早く魔物の軍勢について調べるよう伝えてくれ」
「その辺は彼女もよくわかっているから心配するな……かゆい所に手が届くあの有能さはさすがだな。魔王討伐を成し遂げた立役者、などとトキヤ達が主張するのも頷ける」
「バルドだって色々助けられただろ」
「ああ、違いない……トキヤ、わかっていると思うがここに来て状況が悪くなっている。もし魔物が大挙して押しかけてきたら、戦線を支えるだけで精一杯みたいな形に陥るかもしれん。その場合、討伐は無理でもせめて情報だけは得ないと次に繋げられん」
「無理難題ばかりだなあ……」
「仕方がない話だ……とは言いつつ、トキヤの顔に絶望感はないな」
――バルドの指摘通りだった。俺としてはそこまで深刻というわけではない。
これはまあ、感覚が麻痺している部分もあるんだが……端的に言えば、今より遙かに絶望的な状況を、十年前に数え切れないほど体験してきているためだ。もっとも、
「俺はいいにしても、騎士や兵士に犠牲者が出ないよう舵取りはしてくれよ」
「ああ、俺はどうにか連携を維持できるよう頑張らせてもらう……さて、そろそろ時間だ」
言うとバルドは陣地へ戻るべく俺に背を向ける。
「魔法による合図があったら攻撃開始だ……勇者トキヤ、頼むぜ」
「ああ」
答えつつ、俺は剣を抜く。ヘレナもまた剣を抜き放ち、臨戦態勢に入る。
周囲にいる騎士や兵士達も隊列を組み準備を始める……すると魔物も対抗するかのように横に広がるように並び始める。
「誰かに指示されていない? あれ」
ヘレナが言う。確かに、人間の隊列に対抗するような動きは作為的なものを感じるが――
「あれだけだと何とも言えないな。二十年前、魔王討伐の旅路で、似たような事例を見たことがある。人間が多数いると、相手より自分達の方が多くいるように、広がって威嚇することがあった」
「そういう行動かもしれないと」
会話をしていた時、どこからか破裂音が空に響いた。直後、背後の陣地からも同様の音。つまり、
「始まりだな。行くぞ、ヘレナ――」
声と共に、俺は森へ向け疾駆した。




