十年前の戦争
「魔物との戦いで重要なのは、とにかく相手が想定外の行動や攻撃をしてきた場合に、瞬時に対応できるよう余力を持っておくこと……魔物の強さは基本、その個体が保有している魔力量に比例するから、場数を踏んでいるヘレナであれば、一目見て魔物の能力を看破できるはずだ」
俺の言葉にヘレナは首肯。そこで俺はさらに続ける。
「魔力量が多ければ多いほど、攻撃も単純なものから複雑になるし、知能も高くなる……だからまあ、経験上この魔力量なら大した攻撃はしてこない、という当たりをつけることもできるし、そうした見極めをしつつ、今回は多数いる魔物と戦うことになる」
「その中で想定外の行動や攻撃を注意する?」
「ああ、今回は大規模な戦いとなるわけだが……その中でもっとも避けるべきなのは何だと思う?」
「負傷することじゃない?」
「正解だ。もちろん討伐作戦として軍が動く以上、負傷した人物のフォローをする手順はあるはずだが、怪我の具合によっては戦線を離脱だ。俺やヘレナは一人で多数の魔物を倒せる戦力である以上、油断したりして負傷するのは避けたい」
ヘレナはうんうんと幾度か頷く。納得してくれたようなので、さらに話を進めていく。
「先ほど、魔力量から魔物の能力を見極めるという話をしたが……同一の魔力量でも、特徴的な攻撃を仕掛けてくる個体だって存在する」
「例えば?」
「俺が経験したケースだと、獅子のような個体が尻尾が急に伸びて襲い掛かってきたり、猿のような見た目の魔物が急に分裂して左右から襲い掛かってきたり」
「……急接近して、そんな奇襲みたいことされたら確かに余力がないと攻撃を受けるかも」
「特徴的な個体は少数ではあるだろうけど、そもそも魔物の能力というのは千差万別……人間が個々に顔立ちが違うとか、持っている魔力の質や量が違うとか、そういうのと同じで魔物にも個々にそれぞれ特徴がある……それこそ、魔族が画一的に生み出していない限りは」
「今回の場合は自然発生した魔物だから、不意の攻撃に注意しないといけないって話か」
「そういうことだ……あらゆることを想定して戦う、というのは難しいかもしれないけど、魔力量を見極めどんな攻撃が来ても防げるよう準備をしておくくらいのことはやっておいた方がいい……長期戦になるなら、なおさらだ」
「集中力を使いそうね」
ヘレナが感想を漏らすと、ここでバルドが「違いない」と口を挟んだ。
「十年前の戦争なんかは、そんなことの連続だったな」
「……二人はそういった戦場で慣れているの?」
「俺もトキヤも慣れてはいるな……だが一方で、その慣れによって足下をすくわれる時もあった。どれだけ楽勝に見える戦いでも、油断すればあっけなく窮地に立たされる。戦争というのは百、千とあればそれだけの違いがある……同じ戦争なんてものは一度として存在しない。だからこそ、戦いが終わるその時まで、警戒を緩めず生き残るために知恵を絞り続けなければならん」
ヘレナはバルドの話を黙って聞き続ける……彼女の様子に緩みはない。これから始まる戦いについて、自身の能力を過信することなく、かといって卑屈になることもなく――
「ま、その表情を見れば俺はあまり心配していない。普段通りの実力を出せば、魔物に負けるようなこともないだろうさ……問題はトキヤの方だが」
「予告しておくが、俺も無茶はしないさ。ただ、最悪の状況に陥った際は――」
「そうならんことを祈ろう」
バルドの言葉に俺は頷く……そうして、俺達は戦場へ歩みを進めた。
――そうして、俺達は戦場へと辿り着く。事前に低地だと確認していたツォンデルという場所は、俺達が今いる場所からなだらかな下り坂となり、鬱蒼とした森が広がる土地であった。
なんとなく見た限り、周囲を山と見立てれば盆地のように見えなくもない……と、ここでバルドから解説が入る。
「元々ここは魔力が滞留する場所で、十年前の戦争以前は精霊もいた」
精霊――この世界における精霊は、意思などは持たない自然と魔力が結びついた存在。魔力が溜まる場所に風が吹いたり水が湧き出たりと……言わば魔力が作り出す自然現象を指す。
「その精霊によって魔物の出現は防がれ、この場所は周囲において聖地とみなされていた」
「だから名称をつけて、人が立ち入ることがなかったわけか……なら、この戦いは聖地を奪還する戦いでもあるわけだな」
「ああ、そうだな……魔物を全て倒したら精霊が戻り、全てが戦争前の状況に……などという虫の良い話にはならんだろうが、少なくともこの場所に巣くう存在は、殲滅しなければ」
……これはある意味、十年前の戦争がまだ続いているという解釈をしても良いかもしれない。
そう思うと俄然やる気が増す。一刻も早く、戦争を終わらせよう……そんな風に改めて決意したのだった。




