剣を極める
「戦士を目指すヘレナさんが魔力の制御方で悩んでいるというのはわかりました。そして人間を頼ろうとしたのも……ザナオンの弟子になってどのくらい経過しましたか?」
「半年くらいだな」
「半年……その間にもザナオンは剣術を教え、さらに剣術に関する魔力制御法も学んだはずです。それでもまだ足らないと?」
「……まず、魔法を基にした魔力制御法をやめさせるのに時間が掛かった」
と、ザナオンは語り出す。
「さっきも触れたが、神族は魔法の扱い方を物心ついた時から学ぶ。幼少の頃から学んでいる制御法は、ヘレナにとっては呼吸をするのと同義で自然を扱える……が、それが逆に徒となっていた」
そこまで言うと、ザナオンはメルへ向け、
「メル、もし可能であればヘレナの制御について見てくれないか?」
「今は作戦の準備をしているため無理ですね。それが終わった後……つまり、今回の戦いの後であれば可能ですが」
「それで構わんさ。俺もこの作戦までに仕上げなければいけないとまでは思っていないからな……そして今はようやく剣術に付随する魔力制御法を教えているが、完成するのはまだまだ先だ」
「よって、現在も時間制限が存在しているわけだな」
俺の指摘にザナオンは「そうだ」と応じる。
「普通に戦う分には問題がない。しかし最大出力による戦闘には時間制限が存在する。自傷するだけならリスクのある手法であり、いざという時に使うことも可能だったかもしれないが、周囲に被害を及ぼすとなると話が変わってくる」
そう言いつつザナオンは肩をすくめる。
「ただ、俺の弟子となったこの半年で制御可能時間は延び続けている。恒久的に制御できるようにすることが目的だが、今のところは数分が限界だ」
「限界を迎えると、暴走するみたいな解釈でいいのか?」
「ああ、そんな感じだ……本来の魔力制御と同様に呼吸するのと同義で扱えればいいんだが、とにかく修練が必要だ」
俺はヘレナを見る。不本意、という様子の姿を見て彼女自身、まだまだ足らないと考えているのはわかる。
「……俺と決闘したことについてはどういう意味がある?」
今度はこちらが問うと、ザナオンは解説を始めた。
「現状、数分とはいえ全力戦闘できるようになったが、それも歴戦の戦士相手には読まれてしまう、ということを理解してもらいたくてだな」
「つまり、足らないものが多いことを示したかったと」
「そういうことだ」
「……俺が負けたらどうするつもりだったんだ?」
その問い掛けにザナオンは肩をすくめた。
「負けないさ、トキヤは」
それだけだった。信頼してもらえるのは嬉しいが、さすがに期待しすぎじゃないのかと思ったりもする。
「……事情はおおよそ理解できた。そして、今回一緒に討伐作戦に向かうわけだが、ヘレナは大丈夫なのか?」
「魔力を全力解放でもしない限りは問題がない。通常戦闘でも並の戦士よりは遙かに強い。魔物相手でも十二分に力を発揮してくれるはずだ」
「……現段階でも評価は高いんだな」
「人間と比べスペック的な優位もあるからな……だが、魔力を全力で解放するという技法が思うように使えない以上、今のヘレナは人間の戦士において上位に位置するというレベル……十分凄いが、ヘレナとしては満足していないし、ルシールが俺に託した実績としてはまだまだ不十分だな」
「……最終目標は戦士最強だからな」
俺は声を発しながらヘレナを見る。
「やる気は十分みたいだが……そこまで意欲的なのは理由があるのか?」
「――剣を、極めたくて」
それだけだった。ヘレナの言葉には強さがあり、むしろそれ以外の理由は必要ないとでも言いたげだった。
神族が何かを極めたい、と言い出すのを俺は初めて見た……確かに神族は強いが、全体的な傾向として強さを求めるような存在は少数だった。そもそも、生まれながらにして能力的に世界の上位なわけで、強くなろうという動機づけが少ない。
俺と共に戦ってくれたルシールについては、魔王に挑むということで必要に迫られて強さを得たという部分も大きく、だからこそ意欲だけで最強を目指そうとする神族は、非常に珍しい存在だと思う。
「トキヤも少し手を貸してもらえるか?」
「……それは、作戦開始まで鍛錬に付き合えと?」
「鍛錬相手にはいいだろ。トキヤの戦いぶりを見れば、今の俺でも務まるかわからんし」
……まあ、鍛錬目的なら良い相手になりそうではある。
加えて、ヘレナの能力は……俺は頭の中で思考を巡らせた後、
「ああ、わかった」
「……よろしく」
ヘレナは小さく告げる。俺に対しちょっと遠慮気味……というか、今になって相手が勇者だと理解したか、ちょっと緊張した様子。
まあこの態度も鍛錬を続ければ柔らかくなっていくだろう……そんな風に思いつつ、俺はヘレナに「よろしく」と返事をしたのだった。




