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エピローグ

 それから修二は一人で各地を回り始めた。

 表向きは世界の安全確認だったが、実際は世話になった人々への最後の挨拶回りだった。


 まず向かったのはオーリアの町。

 神殿でエリンダに魔王討伐の報告を行った。


「エリンダ様、長い間お世話になりました」


「こちらこそ。これまで護衛としてニャアンをそばで支えてくれてどうもありがとうございました」


 エリンダが優しく微笑む。


「ユーク! あんたのおかげで世界に平和が訪れたよ。ありがとね!」


 久しぶりにセリファも顔を出し、修二は神殿で深々と頭を下げた。


 冒険者ギルドでは、受付嬢のミーナがいつものように明るく迎えてくれた。


「まさか、村人だったあなたが魔王を倒しちゃうなんてね」


「ミーナさんのおかげで、いろんなクエストを通して成長することができました。本当にありがとうございました」


「なんか遠い存在になった気分よ。またうちの依頼も受けてくれるんでしょ?」


「はい。また今度来た時にでも」


 ミーナが苦笑いする。

 彼女は分かっているようだ。


 修二がここには二度と戻ってこないということを。




 その後、修二はアストラル王国へと移り、王都を訪れた。

 王都は勝利の祝賀ムードに包まれていた。


 大通りには色とりどりの旗が掲げられ、街の人々は修二を英雄として迎えてくれた。


「よくやってくれた、神聖勇者ユーク。そなたは真の英雄だ。国民に代わって礼を伝えたい」


 国王が自ら深々と頭を下げる。


「いえ、私だけの力ではありません。仲間たちの協力があったからこそ成し遂げられました」


 修二は謙遜しながら答えた。

 

「ユーク。また手柄を取られてしまったな。だが…さすがと言っておこう。魔王討伐、おめでとう」


 国王の隣りに立つトウヤが拍手をしながら、修二の功績を称えた。


「ありがとう。トウヤ、あんたみたいなライバルがいてくれて俺はさらに成長できたんだ」


「フフ。今度は俺の番だぞ? もっと大きな手柄を立ててやるさ」


「楽しみにしてる」


 修二はトウヤと固い友情の握手を交わす。


 だが、内心では複雑な気持ちが渦巻いていた。

 魔王を倒した今、現実世界への帰還の時が近づいているのを感じていたからだ。


 

 そして――。


 その時は唐突に訪れた。




 ※※※




 王都を後にした修二は、だだっ広い高原に赴き、青く澄み渡る大空に向かって口にした。


「…ずっと見てたんだろう? そろそろ姿を現したらどうだ?」


 修二がそう口にすると、天上から光の柱が降りてくる。


 頭上から白い衣を羽織った女がゆっくりと降臨した。


「あら、バレてたの? お疲れ様。意外にも早く魔王を倒せたみたいね」


 女神は相変わらずのんびりとした口調だった。


「あんたが課した条件はクリアした。これで現実の世界に戻れるんだろ?」


「…そうね。約束は約束ね。戻してあげましょう」


 女神が手をかざすと、修二の体が光に包まれ始めた。


「その前に。最後にひとつだけ聞かせてくれ」


「何かしら?」


「この異世界の人々は…俺がいなくなった後はどうなるんだ?」


 女神は少し考えてから答えた。


「心配しなくても大丈夫よ。この異世界はちゃんと続いていく。あなたの家族も仲間たちも、それぞれの人生を歩んでいくわ」


「そうか」


 修二はほっとした。


「あなたのことは伝説として語り継がれてゆくのでしょうね。魔王を倒した勇者として。あとは…ひとつ忠告しておくわ」


 女神の表情が少し真剣になった。


「現実世界に戻っても、この異世界での記憶は残る。でも、それをあまり他の人に話さない方がいいでしょうね。誰も信じてくれないでしょうから」


「分かった」


 修二は頷いた。


「それじゃあ、色々とお疲れ様でした。結果的に良い異世界ライフになったでしょ?」


「まあ、辛いこともあったけど。貴重な体験だったかな。『クリムゾン・ファンタジア』…神ゲーだったよ」


「ふふ。そう言ってもらえると、あなたを助けた甲斐もあったってもんね。それじゃ、今度はこんな場所に来るんじゃないわよ? さようなら、勇者ユーク」


 女神が手を振ると、修二の体は徐々に薄れていく。


 その直前、《エックスリンク》の画面が最後に立ち上がる。

 

 【@isekai_villager_A: ありがとうみんな そして、さようなら この冒険はずっと忘れない #クリファン攻略】


 最後のポストを打ち込むと、修二の意識はそこで途絶えた。




 ◇◇◇



 修二が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。


 消毒液の匂いと機械音。

 天井の蛍光灯が眩しい。


「…ここは…」


 修二がぼんやりと呟くと、隣から聞き慣れた声が聞こえた。


「ウソッ…修二君!? 気がついたの!?」


 顔を向けると、そこには涙を流しながら指を組む京香がいた。

 久しぶりに見る彼女の顔は、やつれていたが美しかった。


「ずっと…ずっとこの時を待ってた…!」


 京香が修二の手をぎゅっと握りしめる。


「…俺、どのくらい眠ってたんだ?」


「一ヶ月半…。交通事故に遭って…この間、ずっと意識不明だったんだから…」


 京香の声は震えていた。


「本当に本当に…! 心配したんだよ…? もう目を覚まさないんじゃないかって…」


 京香が修二の胸に顔を埋める。


「ごめん…心配かけて」


 修二は京香の頭を優しく撫でた。


「でもよかった…本当によかった…。絶対に目を覚ましてくれるって信じてたから…」


「ああ…知ってるよ。ありがとう、京香」


 京香の温もりが、現実に戻ったことを実感させてくれる。

 修二にとって待ち望んだ瞬間でもあった。




 その後、担当医が病室にやってきた。


「水嶋君、意識が戻ってよかった」


 その医者は50代くらいの男性だった。


「先生、修二君の容体はどうですか?」


 京香が心配そうに尋ねる。


「うん。意識もはっきりしているし、反射神経も正常です。奇跡的な回復ですね」


 医師が修二の瞳孔を確認しながら言った。


「良かった…」


 京香が安堵の表情を浮かべる。


「ただ、念のため数日は入院していただきます。何か異常があったらすぐに呼んでください」


 医師がそう言って病室を出ていこうとしたとき、修二は声をかけた。


「先生、ありがとうございました。お名前をお聞きしても?」


「ああ、もちろん。私は弥勒院(みろくいん)正人と申します」


「え…!?」


 その瞬間、修二の心臓が跳ねた。


 〝MirokuinMasato30〟


 これまで《エックスリンク》を通じて貴重な情報をくれた人物と、まったく同じ名前だったからだ。


「あの、先生…ひょっとして、ゲームとかやったります?」


「はい?」


 突然、思いも寄らない話を振られて医師は困惑した表情を浮かべる。

 

「修二君、一体何の話…?」


 京香も首をかしげている。


「いや…。なんでもないです。すみません、引き止めてしまって」


「…普段はゲームはやりませんが…。昔、関わっていたことならあります。同人RPGの開発に携わっておりましてね」


「それって…タイトルはなんて言うんでしょうか?」


 とそこで。


「先生! 緊急の患者が入りました!」


 看護師が慌てた様子で病室に入ってくる。

 医師は修二の方を一度見た後、すぐに病室から出ていく。


「…分かりました。すぐに向かいます」


 そこで話は終わってしまった。

 どちらもお互いの正体に気づかないまま――。




 ◇◇◇




 それから半年後。


 修二の体は無事に回復し、高校三年生となって京香と同じクラスメイトとなった。

 あの交通事故以来、二人はより深く愛し合うようになっていた。


 〝isekai_villager_A〟のXアカウントは更新されることなく、今では伝説の『クリムゾン・ファンタジア』実況主として語り継がれている。

 

 フォロワーたちはポストの更新を待っていたが、修二がログインすることはなかった。

 あのアカウントは、修二にとって終わったものだからだ。


 


 ある夕暮れ時。

 修二と京香は公園のベンチに座っていた。


「修二君ってあの事故以来、何か変わった気がする」


「変わった?」


「うん。前よりも優しくなったし、何だか大人になった感じ」


 修二は夕空を見上げた。

 雲の向こうに、あの異世界があるような気がした。


(ニャアン、アマテ、ミリア…。みんな元気かな)


 三人と一緒に旅をした山や森や大地のことが蘇る。






 そして、異世界では――。


 ニャアンは立派な聖女として神殿で活躍していた。


 アマテは冒険者として各地を旅し、困っている人々を助けていた。


 ミリアは魔法学院を卒業した後、研究に打ち込み、新たな魔法の発見に成功していた。


 ヴァレス村では、リーシャとエリナが静かに暮らしていた。

 時々、ユークの帰りを待ちながら。

 

 でも、彼女たちは皆、薄々気づいていた。

 ユークがもう二度と帰ってこないということを。


 それでも。


 異世界の人々はユークのことを語り継いでいた。

 魔王を倒した伝説の勇者として。






「修二君?」


「…ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」


「何を考えてたの?」


「君と一緒にいられることの幸せを、かな」


 修二は京香の手を握った。


「修二君…」


 修二の心の中には、異世界での冒険と仲間たちとの絆が、永遠の宝物として刻まれていた。


 そして今、彼は現実世界で新たな冒険を始めようとしていた。

 京香と共に歩む、愛に満ちた人生という名の冒険を。




 ※※※

 



 その夜、修二は久しぶりに夢を見た。

 広がる草原で、三人の仲間たちが手を振っている夢を。


「ユークさ〜ん! 元気でね〜!」


 ニャアンの明るい声が聞こえる。


「また会える日まで、お互い頑張ろうぜ!」


 アマテの力強い言葉。


「ユークさんのことは絶対に忘れません」


 ミリアの優しい微笑み。


 修二も手を振り返した。


「みんな、ありがとうー! 僕も絶対に忘れないからなー!」


 夢の中で、修二は笑顔を浮かべていた。


 目覚めたとき、枕が涙で濡れていた。

 でも、それは悲しい涙ではなく、感謝と愛に満ちた涙だった。


 隣で眠る京香の寝顔を見ながら、修二は心の中で誓った。


(異世界で学んだこと、仲間たちから教わったことを…。この世界でも活かしていこう)


 窓の外では、新しい朝が始まろうとしていた。




――――――――――――――――――――




 こうして、水嶋修二の長い冒険は幕を閉じた。


 異世界で「ユーク」として過ごした一ヶ月半は、彼の人生を大きく変えることになった。

 仲間たちとの絆、家族の大切さ、そして何より愛する人を守ることの意味を学んだのだ。


 現実世界に戻った修二は、京香との関係をより深め、やがて彼女にプロポーズすることになる。

 二人は結婚し、幸せな家庭を築くのだが、それはまた別の物語。


 修二のXアカウント「@isekai_villager_A」は今でも多くの人に愛され続けている。   

 誰も知らないが、あれは本当の異世界冒険記録だったのだ。


 そして異世界では、ニャアン、アマテ、ミリアの三人が各地で活躍している。

 彼女たちの心の中には、いつまでも「ユーク」の思い出が生き続けているのだった。

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