40話 別れの時
夕暮れ時、一行はようやくヴァレス村に到着する。
「ユーク! 他の者たちも…。無事でしたか」
村長が駆け寄ってきた。
「はい。魔王軍を含め、脅威となる存在の魔王も倒しました。これ以上、村に危険が及ぶことはないと思います」
「なんと…魔王を…。そう、ですか…。本当にありがとう。あなたは村の英雄です」
村長は深く頭を下げた。
「いえ、俺こそ故郷を守ることができて嬉しいです」
その夜、村では盛大な祝宴が開かれた。
魔王討伐を祝う宴は深夜まで続く。
「パパ、すごいねっ! 魔王をやっつけちゃうなんて!」
エリナが目を輝かせて修二に抱きついた。
「ああ。エリナが無事でよかったよ」
修二は娘を抱き上げて微笑んだ。
「あなた、本当にお疲れ様でした」
リーシャが修二の隣に座る。
「この前のことは…本当にごめんなさい。この村から追い出すようなことになってしまって…」
「そんなこと、気にしてないさ。現にこうして村に戻ってくることができたわけだし。ハハッ」
「パパは村の英雄だねっ!」
「ええ、そうね」
リーシャとエリナが眩しい笑顔を覗かせる。
この家族には最後まで優しくしてあげたかった。
そんな思いで、修二は妻と娘と楽しい時間を過ごす。
その後。
宴も落ち着きを見せ始めた頃、修二は静かに仲間たちのもとへ向かった。
「みんな、ちょっといいか?」
「どうしたんだ、ユーク?」
アマテが首をかしげる。
「実は…俺、しばらく旅に出ようと思うんだ」
「え? どうして?」
ニャアンが驚いた表情を見せる。
「魔王は倒したけどさ。まだ世界には危機が残ってるかもしれない。その確認をしておきたいんだ」
修二は嘘をついた。
本当は女神と会って現実世界に帰る準備をしたかったのだ。
「そういうことなら、アタシたちも一緒に行くぜ」
「いや、これは俺一人でやらなきゃいけないことなんだ」
修二は首を振った。
「一人で…ですか? 危険じゃないでしょうか…?」
ミリアが心配そうに言う。
「大丈夫。俺はレベル99になったし、この聖剣もある。それに…」
修二は三人の顔を見回した。
「みんなにはみんなの人生がある。流れでこれまでパーティを組んできたけど、ずっと俺に付き合ってもらうわけにはいかない」
「そんなこと…」
「ニャアン、君は聖女として神殿でエリンダ様を支えるべきだ。アマテ、君は冒険者として自分の道を歩んでほしい。ミリア、君はもうサンダーボルツ魔法学院に戻るべきだと思う。そこで自分のすべきことをしてくれ」
修二の言葉に、三人は複雑な表情を浮かべた。
「離れ離れになるのは嫌だよっ~!」
ニャアンが涙ぐんで訴えかける。
「ここまで一緒にやって来たんだ。そう簡単に納得できないぜ」
「はい。わたしもまだユークさんと一緒に冒険がしたいです」
三人とも納得できない様子だ。
「……」
ここは本当のことを伝えるべきかもしれない。
修二は仲間たちを見渡すと、決意を込めてその言葉を口にした。
「実は…みんなに話しておきたいことがあるんだ。さっきの話はウソで…」
「え?」
「俺はこの世界の人間じゃないんだ。別の世界から来たんだよ」
三人が驚きの表情を浮かべる。
それから修二は自分の正体について、ゆっくりと説明し始めた。
実は10代の高校生であること、京香という恋人がいること、交通事故に遭って肉体は意識不明の重体にあるということ、そして女神にこの異世界へ転生させられたこと。
「そんな…」
ニャアンが涙を流している。
「にわかに信じられません」
ミリアも唖然としていた。
「…じゃあ、ユークは元の世界に帰っちゃうのか?」
「おそらく。そうなると思う」
「そんなの嫌だよ~! ユークさんがいなくなっちゃうなんて!」
ニャアンが泣きじゃくった。
(ニャアン…)
修二はニャアンの頭を優しく撫でた。
「けど、俺には元の世界で待っている人がいるんだ」
「大切な人というのはそういうことだったんですね…。キョウカさん…。分かりました。ユークさんの気持ち、理解できます」
ミリアが涙をこらえながら頷いた。
「まあ、かなりぶっ飛んだ話だけどさ。アタシは信じるよ。あんたと一緒に冒険できて楽しかった! ありがとな、ユーク」
アマテも寂しげに笑った。
「…私も信じる…。これまでユークさんに色々と助けてもらったんだし…! 今までありがと…! ユークさん!」
「ああ。みんなも本当にありがとう」
不意に――。
修二の目からも涙がこぼれた。
「…この一ヶ月半、君たちと過ごした時間は俺の宝物だ…。絶対に忘れない」
四人は最後の夜を、語り合いながら過ごした。
◇◇◇
翌朝、修二は家族に別れを告げた。
「旅に出るって…どうして?」
「神聖勇者としての任務があるからさ。でも、必ず帰ってくるよ」
またも修二は嘘をついてしまう。
「…そうよね。あなたは勇者様になったんだし」
リーシャが寂しそうに口にする。
「気をつけてね、パパ!」
エリナが修二に抱きつく。
「ああ。いい子にしてるんだぞ。ママの言うことを聞くようにな」
修二は娘の頭を撫でた。
胸が痛かった。
妻と娘は何も悪くないのに、修二は彼女たちを置いて行こうとしている。
でも、修二には帰らなければならない場所があった。
恋人が待っている本当の世界に。
「それじゃあ、行ってくるよ」
修二は振り返らずに村を出た。
振り返ったら、決心が揺らいでしまいそうだったから。




