29話 王国武闘大会の準備
翌日、修二たちは武闘大会の会場を下見しに行った。
王都の北側に位置する巨大なコロシアムは、何万人もの観客を収容できるほどの規模だった。
「すごいな。古代ローマの遺跡みたいだ」
またも現実世界の例えが口をついて出てしまう。
「ん? なんか似てる場所でも知ってるのか?」
アマテが不思議そうに尋ねてくる。
「まあ…そんなところ」
コロシアムの中では、すでに明日の大会の準備が整えられていた。
砂の敷き詰められた闘技場、周囲に立ち並ぶ観客席、そして豪華な貴賓席。
「武闘大会って、具体的にはどんな内容なんだろうね?」
ニャアンが不思議そうに尋ねる。
その時、近くに控えていた案内係が答えてくれた。
「武闘大会の予選はトーナメント形式で行われます。参加者は32組。優勝パーティはエクストリームマッチとして勇者様たちと対決することになります」
「つまり、勇者パーティはシード権があるってことですか?」
「そのとおりでございます。ただ、あなた方も特別枠としてエントリーいただいておりますので、準決勝から参加することになっております」
「準決勝からですか?」
ミリアが驚いた声を上げる。
「はい、そのように伺っております。国王陛下直々のご命令だそうで」
修二は案内係に礼を述べると、改めてコロシアムを眺めた。
「相手は強そうだな」
アマテが新調した長剣を担ぎながら言う。
「いきなり準決勝からとか…大丈夫かなぁ。やるなら一回戦から戦いたかったよ~」
ニャアンが少し不満そうに言うと、修二は彼女の頭を撫でた。
「不安なら修行すればいい。今日は調整に当てよう」
そうして一行は、コロシアム近くの練習場に向かった。
◇◇◇
練習場では、すでに多くの参加者が調整に励んでいた。
剣の打ち合う音、魔法の詠唱、気合いの声。
様々な音が練習場に響き渡る。
「なかなか強者ぞろいじゃないか」
アマテが周囲を見回しながら言った。
すると、一人の大男が修二たちに気づき、近づいてきた。
「おや? 君たちが噂のオーリアの冒険者パーティかい?」
修二は相手を観察した。
2メートルを超える巨漢、全身に筋肉が盛り上がり、頭には角のような突起が二本生えている。
「そうですけど…あなたは?」
「俺はゴルド。ドワーフ族とオーガの混血だ」
ゴルドは友好的な笑みを浮かべた。
「リーダーのユークです」
「武闘大会に参加するんだろ? 君たちのことは話題になってるよ」
「ゴルドさんも参加するんですか?」
「ああ。どこかで戦えること楽しみにしてるよ」
「そうでしたか。お互い頑張りましょう」
修二が握手を返すと、ゴルドは満足げに頷く。
その表情には敬意のようなものが浮かんでいた。
「ここにいる方々は武闘大会の参加者なんでしょうか?」
修二が尋ねると、ゴルドは周囲を指さした。
「大体そうだね。簡単に紹介しておくよ。あそこにいるのは、砂漠町のギルドから来た『砂の一族』。あっちは『紫電の剣士』。向こうの火を操っている集団は『炎舞闘技団』。みんな各地で名を馳せている強者だよ」
ゴルドの説明を聞きながら、修二はそれぞれのパーティを観察した。
みな一様に強そうだった。
「あの、勇者パーティについてはどう思いますか?」
修二の質問に、ゴルドは少し表情を曇らせた。
「強いさ、間違いなく。人柄はともかくとしてね」
「昨日、金髪の彼が王都の人に対して横暴にする場面を目撃したんです」
修二が言うと、ゴルドは深いため息をついた。
「王国の英雄だからね。誰も逆らえないんだ。武闘大会も優勝する気満々だろうし。少しは痛い目にあうと、目が冷めると思うんだが…」
「そういうことでしたら、なんとかなりそうです」
修二の言葉に、ゴルドは驚いたように目を見開いた。
「まさか…勝てるのか?」
「頑張りたいと思います」
「おおっ! 頼もしいこと言うじゃないか! 期待してるぞ、ユーク」
ゴルドは大きな手で修二の背中を叩き、笑い声を響かせた。
※※※
練習を終え、城に戻る道すがら、修二たちはある噂を耳にした。
「聞いたか? エルドは今大変なことになってるみたいだぞ」
「なんでも、死の山でまた煙が上がったとか」
「うちらアストラル国民にとっては関係ない話だろ?」
「いや…。そういうわけでもないらしい。近々噴火するんじゃなかって話だ。そうなったら…こっちまで被害が来るかもしれない」
修二はその会話に足を止めた。
「すみません、今の話ですが…」
修二が声をかけると、男たちは振り返った。
「ん? あんたたちは…オーリアから来た冒険者だろ?」
「はい。その話、詳しくお聞きしたいんですけど」
男たちは顔を見合わせた後、一人が説明を始めた。
「死の山ってのはエルド連邦の中央に位置する火山なんだ。数年に一度、活動期があるんだが…今回はいつもと様子が違うらしい」
「どう違うんです?」
「煙の色が黒く、量も多い。それに、周辺の村では奇妙な現象が起きてるって話だ」
「奇妙な現象?」
「ああ。夜中に謎の光が山から漏れたり、異様な叫び声が聞こえたりとかな」
修二はとっさに斬刻旅団のことを思い出した。
(ひょっとして…奴らが噴火を起そうとしてるのは焔山のことなのか?)
点と点が線で結びつきそうな感覚を抱きつつ、修二は彼らに礼を口にする。
◇◇◇
部屋に戻ると、四人は情報について精査することに。
「旅団と何か関係があるんじゃないかな…」
ニャアンが心配そうに言う。
「火山の噴火と生贄の儀式…。うーん、なんか繋がってるような気もするね」
窓の外を見つめながらアマテが言った。
「ただ、今は目の前の武闘大会が優先だ。勝ち進んで国王の信頼を得ないと、誰も俺たちの話を聞いてくれないだろうし」
「そうですね。まずは初戦に集中しましょう」
ミリアが冷静に言う。
「そういえばさ。武闘大会の優勝賞品ってなんなんだろうねー?」
唐突にニャアンが尋ねた。
「国王は〝王国最高の名誉と莫大な報酬〟って言ってたけど」
修二が口にすると、アマテが何かを思い出したように顔を上げた。
「街で聞いた話だと、今年の優勝賞品は竜殺しの大剣と呼ばれるものらしいぜ?」
「竜殺しの大剣?」
修二が首をかしげる。
「ドラゴンに対して絶大な効果を発揮する伝説の剣らしい。いわゆる国宝級の武器さ」
「あの底意地の悪そうな勇者様が欲しそうなものだよねぇ~」
「たしかにそうですね。ですが…」
ニャアンに賛同しつつ、ミリアが言葉を切る。
「…噂によると、勇者様たちには別の目的があるそうです」
「別の目的?」
「はい。勇者様たちが求めているのは、王都の北にある聖なる泉への入場権なんだとか…。それを国王様に認めてもらいたいという話で…」
アマテは眉をひそめた。
「聖なる泉って…たしか王家だけが入れる聖域だよな?」
「はい。その泉で洗礼を受ければ、絶大な力を得られるとかで」
ミリアの言葉に部屋の中が静まり返った。
あの勇者が力を得たとして…正しい方向にその力が使われるのかどうか、皆疑問なのだろうと修二は思った。
「ともかく。優勝すれば分かることさ。もちろん、俺たちが」
修二がそう言うと、全員が頷いた。
「ユークさん…。私たち勝てるよね?」
ニャアンが少し不安そうに尋ねる。
「みんな練習もしっかりしたんだし、大丈夫だよ。俺たちは負けない」
修二は自信を持って答えた。
その言葉にメンバーはしっかりと頷いた。




