28話 傲慢な勇者トウヤ
玉座の間を後にした修二たちは、城内の大きな客室へと案内された。
武闘大会までの期間、この部屋を使っていいとの話だ。
「あのトウヤって人、なんかイラッとするね!」
部屋に着くなり、ニャアンが不満げに言った。
「典型的な傲慢タイプだな。ちょっとがっかりだね」
アマテもため息をついた。
「でも、あの人が王国の公認勇者なら…それだけの実力があるということですよね?」
ミリアは冷静に分析する。
「ああ。油断はできない」
修二は窓から見える王都の景色を見つめながら言った。
「それよりも。斬刻旅団の件だが…」
修二の言葉に、全員が表情を引き締めた。
「そうだったね。旅団が子どもたちを生贄にしようとしてた話、王様に伝えたほうがいいのかな? 何か怪しい儀式を行おうとしてたって」
ニャアンが真剣な表情で言う。
「いや。国王に言ったところで取り合ってもらえないんじゃない?」
とアマテがそれを遮る。
「そもそも、そんな話を信じてもらえるかも怪しいし」
「確かにそうだな。ひとまずは…武闘大会だ。そこで実力を証明し、まずは国王の信頼を勝ち取ろう」
修二の提案に、全員が頷いた。
◇◇◇
王都での生活に修二たちはすぐに慣れていった。
王城の客室は想像以上に快適で、ベッドはふかふかだし、窓からの景色は絶景だった。
(まさかこんな待遇を受けるとは思わなかったな)
窓辺に立ち、外の景色を眺めながら修二がふと思う。
ベッドの上では、ニャアンがぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねていた。
「おいおい、そんなところで跳ねるなよ。壊れたらどうするだい」
アマテがため息をつきながら注意すると、ニャアンはすぐに大人しくなった。
「ごめんなさ~い」
「あの…武闘大会はあさってから始まりますけど、今日は何をしましょうか?」
ミリアが予定を確認するように尋ねる。
「武器の確認をしておいた方がいいかな。武闘大会の要でもあるわけだし」
修二の提案に、三人ともすぐに賛同した。
※※※
王都は、修二の知る現実世界の都市をも凌ぐ壮麗さだった。
歩くたびに新鮮な驚きがある。
整然と区画された商店街、巨大な神殿、美しい広場と噴水。
どこを見ても人々で溢れ、活気に満ちていた。
ニャアンが目を輝かせて周りを見回す。
他の二人も同様の反応だ。
(王都に来て本当によかった)
そう思う修二だったが、残念なことに斬刻旅団に関する情報はほとんど手にすることができずにいた。
(ひとまず…今は武闘大会に集中だな)
頭の片隅で連中の動向を気にしつつ、修二は一歩前に出る。
「えっと、武器屋は…」
「ユークさん。あそこにあります」
しっかり者のミリアが指さすと、確かにそこには大きな武器屋が建っていた。
四人はドアを開けて中へと入る。
店内は高級な武器で溢れていた。
今まで見たこともないような輝きを放つ武器がずらりと並んでいる。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
店主である白髪の老人が声をかけてきた。
「武闘大会に向けて装備を見ておきたくて」
修二がそう答えると、店主の目が急に輝いた。
「もしや、武闘大会に参加するためにオーリアからやってきた冒険者パーティかね?」
「はい、そうです」
ミリアが丁寧に答える。
「それは光栄だ。特別に良い品を見せてあげよう」
店主は奥へと消え、数分後に箱を抱えて戻ってきた。
「それは」
アマテが息を呑む。
店主が箱から取り出したのは、青い光を放つ美しい長剣だった。
「ブルーファング。最高級の魔法剣だ。魔力を込めれば、その威力は通常の三倍となるものだ」
「キレイだ」
アマテが思わず手を伸ばす。
「お嬢さん、目が良いね。うん、君にぴったりだ」
店主がアマテに剣を手渡す。
彼女が手に取った瞬間、剣は一層強く輝いた。
「なんだこれ…。体に力がみなぎる感覚がする…」
「相性が良いようだな。その武器を使って、武闘大会で我が店の宣伝をしてくれれば、特別価格で譲ろう」
「マジか! ありがとう、旦那!」
それからいくつかの武器を紹介してもらい。
アマテはブルーファング、ミリアは精霊が宿るという銀の杖、ニャアンは聖なる光を放つブレスレットを手に入れた。
修二は新しい装備ではなく、透明の短剣を磨いてもらうだけで十分だった。
シルバーライト・アーマーと透明の短剣の組み合わせはすでに最強クラスだからだ。
(これで準備は万全だな)
修二は満足げに頷いた。
◇◇◇
街を歩いていると、修二たちは大きな喧騒に気づいた。
広場で何か騒ぎが起きているようだ。
「何だろう? 見に行ってみよう!」
ニャアンが先頭になって駆け出す。
近づいてみると、人だかりの中心にいたのは、金髪の青年――トウヤだった。
「ほら、もっと大きな声で叫べよ! "勇者様、お許しください"ってな!」
トウヤとその仲間たちが、一人の老婆を取り囲んでいた。
老婆は地面に膝をつき、涙ながらに謝っている。
「勇者様、どうか、お許しを…」
「聞こえねえなぁ!」
トウヤが足を蹴り上げようとした瞬間、修二が飛び出した。
「やめろ!」
修二の声に、場の空気が凍りついた。
人々の視線が一斉に彼に向けられる。
「なんだぁ、おまえは」
トウヤが不愉快そうに修二を睨みつけた。
「王城で会ったばかりだが、もう忘れたのか?」
修二は冷静に言い返した。
「あぁ~。その見すぼらしい外見を見て思い出したわ、おっさん」
トウヤはせせら笑った。
「田舎者が。王都のルールも知らないで出しゃばるな。この婆は俺の馬車に泥を跳ねさせたんだよ。罰を与えているところだ」
「それだけのことで? この人は既に謝っているじゃないか」
修二の言葉に、周囲から小さなざわめきが起こった。
「何?」
トウヤの顔に怒りの色が浮かぶ。
「勇者様に対して口答えするとは、相当な勇気だな」
そばにいた仲間の一人が前に出てきた。
美しい蒼髪の女だ。魔法使いのようだった。
「トウヤ様のことを侮辱するなら、私が相手をしましょうか?」
女の指先から青い炎が揺らめく。
それを見て修二は思わず身構えた。
「やめろ、ルナ」
トウヤが手で制止する。
「このおっさんは武闘大会で潰せばいい。ここで騒ぎを起こしても面白くない。せいぜい震えて待てよ、ハハハ!」
そう言うと、トウヤは仲間たちを引き連れて立ち去った。
「大丈夫ですか?」
修二が老婆に手を差し伸べる。
「ありがとうございます…恩に着ます…」
老婆は震える手で修二の手を握った。
「とんでもないです。それで…あの勇者と呼ばれてた男は、いつもあんな調子なんですか?」
「はい…。勇者様は王国を救ってくれた英雄でございます…。あの方の言うことは絶対なのです…」
「なるほど」
老婆の言葉に、修二は眉をひそめた。
「ユークさん、大丈夫?」
ニャアンが心配そうに修二の肩に手を置く。
「ああ。大丈夫だ」
内心では怒りが渦巻いていたが、修二は冷静さを取り戻した。
(あれが勇者の本性か…。まったく、なんてやつだ)
武闘大会での対決が今から楽しみになってきた、と修二は思う。




