25話 王都から招待状が届く
古代遺跡のダンジョン攻略から早くも一週間が経過していた。
修二たちのパーティは日々クエストをこなし、さらに名声を上げていった。
一方で修二の脳裏からは王国武闘大会という言葉が離れなかった。
(一体いつまでが期限なのか、わからないよなぁ)
ここオーリアに留まっていては、王国武闘大会の情報は一切入ってこないだろう。
実際にアストラル王国の王都まで赴くべきじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、修二が自室で横になっていると。
「ユークさん! ちょっといいー?」
ドアのノックと共に、いつもの明るい声が聞こえてきた。
「ああ。入れよ、ニャアン」
ドアが開くと、銀髪をなびかせたニャアンが顔を覗かせた。
「エリンダ様が呼んでるよ!」
「エリンダ様が?」
「うん。なんか私たちに大事な話があるみたい!」
「そうか、わかった」
修二はベッドから身を起こし、ニャアンと共に神殿の奥へと向かった。
◇◇◇
瞑想の間では、ミリアとアマテが既に待っていた。
「お。ユーク来たか」
アマテが目で合図を送ってくる。
しかしながら、呼び出した張本人の姿はそこにはなかった。
「あれ? エリンダ様はー?」
「たった今、外出されました。何やら急ぎの用事とかで」
「代わりに伝言を預かったよ」
アマテが小さく咳払いをして、丁寧な口調で説明し始める。
「なんでもうちらにアストラル王国の王都で行われる武闘大会の招待状が届いたそうだ」
「えっ!?」
思わず修二は声を上げた。
まさについ先ほどまで考えていたことだったからだ。
「どうした? そんな大声上げて」
アマテが不思議そうに首を傾げる。
「い、いや…。まったく予想してなかったからさ。王都から招待状だって?」
「ああ。想像していた以上に、アタシらの噂は遠方まで広まっていたらしい」
「オーリアでのクエスト実績が王都にまで届いたみたいですね」
珍しくミリアが自慢げに胸を張る。
「アストラル王国にまで!? すごいよ! ユークさん!」
嬉しそうに飛び跳ねるニャアンの横で、修二は冷静に考える。
「エリンダ様は、ぜひ参加してみてはどうかって、そうおっしゃってました」
「二週間後に開催予定みたいだよ。どうする、リーダー?」
「二週間後…」
勇者パーティが武闘大会で優勝後に火山が噴火するのだとすれば、ほとんど時間は残されていないことになる。
本来ならば、それまでの間に聖剣を手に入れておかなければならないのだが。
(やっぱり、今ヴァレス村に戻っても門前払いされるのがオチだろうな…)
村に忍び込んで、強引に聖剣を奪い取ることも考える修二だったが、ふとそこで閃く。
(…待てよ。仮に勇者パーティが優勝しなかったら…どうなるんだ?)
この異世界が、同人RPG『クリムゾン・ファンタジア』のゲーム世界に順じているのであれば、火山イベントは勇者パーティの優勝に連動していると考えられた。
(つまり、勇者パーティが王国武闘大会で優勝しなければ…火山の噴火はおきない?)
もちろん断言はできないが、火山イベントを遅らせることは可能に違いない、と修二は思う。
それは同時に、魔王の復活を遅らせられるということを意味していた。
(これはチャンスなのかもしれない)
三人の視線が修二に集まる。
「行こう王都へ」
修二はゆっくりと立ち上がり、決意を込めて言った。
「みんなもいいか?」
「もちろんだよ! 王都かぁ~! 楽しみ!」
「はい。ユークさんについて行きます」
「リーダーのあんたがそう言うんだ。アタシらはそれに従うだけだね」
※※※
翌日の朝、修二たちは旅の準備を整えて出発した。
オーリアから王都への道のりは、山と森を抜ける険しいものだった。
「地図によると、このまま北へ進んで、三日ほどでアストラル王国の国境に着くはずですね」
ミリアが地図を広げながら説明する。
「そこから王都まで二日ほどかかります」
「五日間か…結構遠いんだな」
修二は思わず呟いた。
「そりゃそうさ。王都はアストラル王国の中心にあるからね」
アマテが剣を肩に担ぎながら答える。
一行は森を抜け、広大な平原に出た。
穏やかな風が草原をそよがせ、雲が青空を彩っていた。
「わぁ~!キレイ!」
ニャアンが駆け出し、草花の中を跳ねるように走り回る。
その無邪気さに修二は思わず笑みをこぼした。
ふと、修二は現実世界の京香のことを思い出した。
(京香…元気にしてるかな。俺が異世界でこんな冒険をしてるなんて、想像もできないだろうな)
そんな考えに耽っていると、突然アマテが足を止めた。
「おい、静かにしろ」
彼女の声音が変わったことに、全員が緊張して立ち止まる。
「なにかいるの?」
ニャアンが小声で尋ねる。
「ああ…向こうだ」
アマテが顎でしゃくった先に、黒い影がいくつか動いているのが見えた。
「モンスターの群れか?」
修二が透明の短剣に手をかける。
「いや、違います」
ミリアが目を細めて遠くを見据える。
「人…のようですね。ですが、ただの旅人ではなさそうです」
黒い鎧を身にまとった一団がこちらに向かって進んでいた。
「隠れろ!」
修二の指示で、三人は近くの茂みに身を潜める。
黒い鎧の一団はこちらの数倍の人数があった。
全員が黒いマントを纏い、不気味な雰囲気を醸し出している。
「あの紋章…」
ミリアが息を呑むように呟いた。
「黒い炎の紋章…。斬刻旅団の者たちです」
「斬刻旅団だって?」
アマテが信じられないという顔をする。
「なに? 斬刻旅団って」
ニャアンが不思議そうな声で尋ねる。
「…魔法学院での授業で学んだことがあります。黒い炎の紋章は、かつて大陸を恐怖に陥れた象徴だって」
「それが斬刻旅団?」
「はい」
修二の言葉にミリアがゆっくりと頷いた。
「奴らの残虐性についてはアタシもいろんな町で耳にしてきた。まさか、こんなところで遭遇することになるなんて…」
珍しくアマテが歯ぎしりをする。
相手はそれほど危険なのだろうと、修二はとっさに思った。
四人は息を殺して、彼らの通過を待った。
旅団が通り過ぎた後、ようやく安堵のため息をつく一行。
「追いかけてみよう」
修二の提案に、全員が驚いた顔をする。
「おいおい、ユーク冗談だろ? あんな連中の後をつけるだなんて…」
アマテが眉をひそめる。
「そうだよ。二人の話がホントなら危険すぎるよ!」
ニャアンも反対の意を示す。
「けど、こんなところに斬刻旅団が現れたのには何か目的があるはずです。ひょっとしたら…何か危機が迫っているのかもしれません」
ミリアが静かに言った。
「ああ」
「待てよ、ユーク。アタシたちは王都へ向かってるんだろ? 余計なことに首を突っ込んでる場合か?」
「けど、このまま見過ごすことはできないだろ」
その言葉にアマテはため息をついた。
「はぁ…。あんた、本当にお人好しだよねぇ。どうなっても知らないよ」
「えっ? ホントに追いかけるの?」
「無理強いはできないから。危険だと思うなら、ニャアンはここで待っててくれ」
「そんなことできるわけないじゃん! ユークさんが行くなら、私も行くっ! でも…絶対に正面から戦うなんてことはしないで」
不安そうな表情でお願いするニャアンの頭を撫でながら、修二は真剣な顔で頷いた。




