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13話 修行場にて

「うりゃああぁっ!」


 修二は全力で素振りを繰り返していた。

 汗が額から滴り落ち、朝の神殿の中庭に水滴の軌跡を描く。


「その調子!もっと腰を低く!」


 ニャアンが元気よく声をかける。

 朝からハイテンションな銀髪少女の姿に、つい目を細めてしまう。


 神殿の中庭は修行場として十分な広さがあり、石畳の地面は何度転んでも受け身が取りやすいよう、特殊な加工が施されているらしい。


「はぁ…はぁ…」


 30分ほど続けた素振りで、中年の身体はすでに悲鳴をあげている。


「ユークさん、大丈夫?」


「ああ…なんとか…」


 肉体はリアルだ。

 40代中年の身体では無理がきかない。


額に浮かんだ汗を拭いながら、修二は武器を持つ腕をぶらぶらとさせた。


「そろそろ休憩にする?」


 ニャアンの提案にホッとする修二。

 彼女は水の入った木製のマグカップを差し出してくれた。


「ありがとう」


 一気に飲み干して息を整える。

 水が喉を通り抜けていく感覚は心地よかった。


「でも、ユークさんって意外と動きがいいね」


「そうか?」


「うん。姿勢が安定してるし、動きにムダがないよ」


 それは単におっさんの体だから無駄な動きができないというだけなのだが、褒められて素直に嬉しかった。


 ニャアンは両手を腰に当て、満足そうに頷いている。

 小柄な体に白と紫の服が映えて本当に可愛らしい。


「よーし! 休憩したら今度は実践的な訓練に移るよ!」


「実践?」


「うん! 模擬戦!」


 そう言って、ニャアンは杖を取り出した。

 先端に小さな宝石が埋め込まれているそれは、聖女見習い特有の武器らしい。


(ニャアンと戦うのか…怪我しなきゃいいけど)


 対人戦の経験がない修二にとって不安感があった。


「大丈夫! 本気で攻撃したりしないから」


 修二の表情を読んだのか、ニャアンはすぐにフォローしてくれた。


「それに私の魔法は主に回復とサポートだから。攻撃魔法はほとんど使えないんだ」


「そ、そうだよなぁ」


 とはいえ、まだ不安は拭えない。


「エリンダ様も言ってたでしょ? 聖女は回復魔法だけじゃなく、仲間を支え導くことも大切って」


 ニャアンは真剣な表情で続けた。


「私、ユークさんを強くするって決めたの! だからちゃんと指導するね!」


 その決意に満ちた瞳を見て、修二も覚悟を決めた。


「わかった。頼むよ、先生」


「えへへ、先生って呼ばれるの初めて♪」


 照れながらも嬉しそうにするニャアンの表情に、心が和む。


「よーし!じゃあ始めよっか。私が攻撃するから、ユークさんは避けるか防ぐかしてね」


 ニャアンは杖を構え、スタンバイの姿勢を取った。


「えっ、もう?」


「せーの…」


 ニャアンが杖を振りかざす。


「よっ!」


 杖の先端から小さな光の玉が飛び出した。


(マジかっ!?)


 修二は咄嗟に横に飛んで避ける。


「おっ、いいね!」


 ニャアンは嬉しそうに言うと、続けざまに杖を振るう。


「次はこれっ!」


 今度は2つの光の玉が飛んできた。

 修二は何とか1つは避けたものの、もう1つが肩に当たる。


(くっ…!)


 予想していたよりも痛くはなかったが、ピリッとした感覚が走った。


「大丈夫!? 痛かった?」


「い、いや…大丈夫。思ったより痛くない」


「訓練用の魔法だからね。でも当たると少しビリビリするでしょ? がんばってみよう! 痛い思いしたくないよね?」


「だな」


 確かに痛い思いはできるだけしたくない。

 真剣にならざるを得ないようだ。


「次は盾も使ってみて」


 ニャアンの提案に従い、修二は盾を構える。


「それじゃ、いくよ!」


 午前中いっぱいをそんな風に訓練に時間を費やした。

 昼食の時間になる頃には、修二の動きもだいぶスムーズになっていた。




 ※※※




「すごいよ、ユークさん! 上達が早い!」


「そうかなぁ」


「うん! 素質あるよ。明日からは剣の扱い方も練習しよう」


 ニャアンの言葉に頷きながら、修二は思う。


(そうだよな。京香の元に帰るためには…俺が強くなるしかない)


 レベル反転バグを利用するにしたって、基礎的な技術は身につけておくべきだと修二は思う。


「そういえば、ニャアン」


「ん? なに?」


「水晶の洞窟って知ってるか?」


 ニャアンは驚いたような顔をした。


「えっ…? 水晶の洞窟…?」


「オーリアの近くあるって聞いたんだが」


「うん。オーリアの西にあるよ。でも…」


「でも?」


「あそこは危険なダンジョンなんだ。レベル10以上の冒険者じゃないと入っちゃダメって、ギルドからも禁止されてるの」


 どうやら《エックスリンク》で得た情報は正確だったようだ。


「なるほど。じゃあ、俺たちはもう少し経験を積んでからか」


「誰から聞いたの? 水晶の洞窟の話」


「え? あー…村で有名だったんだよ。あのダンジョンにはすごいお宝が眠ってるとかなんとか言われてて」


「え、そうなの? そんな話、聞いたことないけど…」


「ただの噂だから」


「ふーん…」


 適当にごまかす修二。

 ニャアンはそれ以上言及してくることはなかった。


「もしユークさんがそこに行きたいなら…私も一緒に行くからね!」


「もちろん。よろしく頼むよ」


「うん。お宝があるなら、一緒に見つけよう!」


 それからリーセが用意してくれた昼食を神殿の広間で食べた後。

 二人は冒険者ギルドへ向かった。


(まずはレベル10まで上げて、水晶の洞窟に挑めるようになろう)


 修二はそう心に誓った。

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