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夢幻発掘抄  作者: アルタ
夢から覚めたら
33/44

第33話

 赤い空はいつしか静まり、夜の空へ。心地よい風はいつしか冷たく凍えていた。

 ゆらり……カーテンが揺れる。


 一体いつの間に居眠りしていたのだろう。部屋の明かりは全くない状態で目を覚ます。

 俺はまだけだるさが残っている目をこすって、腕時計に焦点を合わせた。もう七時半を過ぎている。


 布団が掛かっていて気持ちがいい。

 暗くなり始めた空からは少しずつ星の光が窓に届く。けれどもそこから吹き込む夜風は冷たくて、ヒラヒラ揺れるカーテンは幻想的であるけれども体を凍えさせていく。

「寒いな」


――沈黙。


 あまりに静か過ぎて、世界に自分ただ一人が残されたような錯覚に陥る。顔をあげると何故だか寂しくてたまらなかった。

 無意識のうちに隣のシーツに手をやってしまう。誰かいるわけでもないのに。


 自分の暗い部屋から見える明かりが温かそうで、つられるように窓際に寄ると、家の前に止まっていた黒塗りの車がどこかへ行くのが見えた。記憶にはないのにその車がひどく懐かしいものに思えてしまう。どんどん遠ざかっていく車のライトが冷たい。


 夏の夜は物悲しい。

 センチメンタルな気分に浸るなんて俺らしくないけれど、何かぽっかりと心に穴が開いているような気がしてならないんだ。


 ……窓を閉めよう。


 いつまでも眺めていたい気持ちを抑えて窓を閉める。部屋の明かりをつけると少しだけ気分が和らいだ。

 こんな時には無性に誰かに会いたくなるね。


 それは、家族でもなく、

 学校の誰かというわけでもなく、

 朝広でも、

 夕馬でもない、


――誰か――に

 一体誰に会いたいというのだろう。馬鹿馬鹿しい。他に親しい人なんているはずないのに。


 下から母さんの声がする。テレビの音が続いて、どうやら父さんも帰っているようだ。

 早くコップを片付けて下に行かないと。


 そう考えて俺は妙なことに気が付いた。

「あれ?」

 小さなテーブルの上にはお茶と、コップが2つ。すっかり氷は溶けて水になっている。

 薄まっている「元お茶」を眺めながら俺は首を傾げ、確か俺は“一人で”家に帰ってきたはずなのにと思いつつも、間違って2つ持ってきたのかもしれないと考え直して階段を下りた。


 最後に部屋の明かりを消して。






――比留間 英明様

 お話したいことがあります。昼休み、屋上にて待っています。



 はっきりいって「またか」と思った。

 どうして下駄箱に入れるかな? 足蹴にして欲しいのか?

 おまけに名前も書いていなければ、日付もない。


 多分、今日ってことなんだろうけれど、俺の予定は考慮されないわけ?

 思わず一つため息をついてしまう。この4月からカウントして何通目だろう?

 同学年・上級生・下級生から毎日のように届くラブレターに、はっきり言って俺は辟易している。これで呼び出された場所に行かないと、授業中に教室まで来て泣かれたり(1回あった)するんだから始末に終えない(怒られるのは俺だ)。


 別の学校に通う親友、朝広なんてお気楽に

「すげーな! 英明への手紙攻撃! お前をここまでへこませるなんて!」

と笑うけれど、ここまできたらいじめでしょ? と思わざるをえない。

 親友が登校拒否になりかけてるの分かってる?


 毎日この手紙の処理、その辺のゴミ箱に捨てるわけにもいかなくて、家に持って帰って捨てて、呼び出された場所に行っては、もはや暗記してしまった「お断り」のセリフをロボットのように繰り返す。そして、何故ダメなのか説明を求められ、直すといわれ、ああ、思い出すのも忌々しい。


 ガチャリと屋上への扉を開けた。

 外はいい天気で、そりゃあもう泣きそうなくらいいい天気なのに、


――誰もいない。


 俺は筋を通したからね。

 こう一言だけ心の中で呟いて、俺は屋上への扉をパタンと閉めた。

 弁当を食わないと、午後の授業に間に合わないでしょ?


 教室に戻ると、4月からずっと空いた席が一つだけ目立っていた。窓際の、前の席。

 空いているなら後ろに回せばいいのに。日当たりの良いその席は、多分休校している誰かのものだろう。


 そしてそのまま今日は早く帰る。

 もうすぐ小テストだから勉強しておこう。なんだかまだ日の高いうちに早く帰るなんて違和感があるけれど、塾に行けばすぐにその違和感も消えるはずだ。


「英明、大丈夫か?」

「なにが?」

「なんだか、元気なさそうだったから」

 俺が元気いっぱいの方が大丈夫か?と問いたくなると思うけど? そう返すと、そ、それはまぁそうなんだけどと夕馬は口を濁した。


 俺はいつも通りだけどね。

 むしろ何も起きていないのに、いつもと変わらないのに、急激にテンションが変わるほど情緒不安定だとも思わない。そう答えると朝広が「お前は安定しすぎだ」とつっこんだ。 

 そういいつつも、家に帰ってからこっそり電話をかけてくる辺り、朝広も優しいというか何というか。そこまで気にかけてもらうとくすぐったいんだけどね。

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