第28話
永遠なんてありえないことくらい分かっている。
時間がゆっくり流れてくれればいいのにと願うときほど、無情にも、あっという間に時間は流れていく。
いつの間にか私たちはこの生活に溶け込んでいた。
いつの間にか少しずつお互い笑うようになってきた。
「でも、英明君のキスはいつでもドキドキする。
不意打ちが多いし、顔を直視できないから目を閉じているのが原因かも」
照れながら困ったように話す私の髪をなでる手は優しい。
「焦らないから、ゆっくり慣れてよ。時間はたくさんあるんだから」
甘い、甘い顔。ことごとくラブレターを断っていた彼と同一人物であると信じられないと、英明君の親友は話していた。
「でも、触れるだけでいいのに、どうして唇まで噛んでいくのよ」
「えー。ごめん。なんだか離れがたくて」
目を瞑っているのをいいことに、たまに軽く悪戯されるのを咎めると、やけに楽しそうな顔。
両想いってのも、いいね。
「ああ、そうだ」
「何?」
「今度は万夢からキスしてよ」
「ダメ」
1回くらいと言った彼に「今は嫌」と私は頑なだった。
「何も生命力を全部吸っていくなんてことはないだろうにね」
そんな理由ではないのだけれど。
「それじゃあ今週のスケジュールを……」
手のひらサイズの手帳をパラパラめくる英明君を見ていたら、彼の予定に思い当たってつい声をあげてしまう。
「そういえば、塾対抗の弁論大会があるんだよね?」
「朝広に聞いたの? 確かにあるけれど、俺は仕事があるから抜けさせてもらおうかと思ってる」
弁論大会は青少年の主張なるお題で、一チーム8分のスピーチをすることになっていた。場所が地方になるため、泊まりがけとなる。スピーチするのは3人までだけれど、付き添いで何人か行くことになっていた。
見方を変えれば、私のために親友のいる学校から転校させられた彼にとって、久々に男子同士で遊びに行けるチャンスでもあるのだ。
「その前後は仕事を入れなくても済むように調整しよう。
せっかくの親友との旅行だよ。羽目を外してパーッと遊べばいいじゃない。高校時代は基本的に1回なんだから」
思わず熱のこもったスピーチになってしまう。私抜きで過ごせる貴重な機会をわざわざフイにすることないよ。
それに、参加するだけで、学校が少し無視できない程度の内申点をくれるとも聞いている。難しい大学を希望している彼にとって、そういう機会は逃さない方がいい。それを聞いた彼は
「まるで万夢が俺の秘書みたいだ」
と笑った。
「これからも応援してるから、無理しないで頑張ってね」
と、小さく微笑むと、
「了解。お言葉に甘えて、休暇をもらうよ。
少しの間だけ会えないけれど、待っていてね」
まるで新婚夫婦のような会話を交わして、少しだけ抱きしめられた。
不器用ながら、なんて言ったらいいのか分からない表情で、珍しくおずおずと切り出した私らしくない言葉。話の流れが自然だったので、英明君は気づかなかっただろうけれど、私にとっては、最初で最後の励ましの言葉のつもりだった。
「良かったの? これで」
英明君が部屋を出て行った後、空太さんがゆっくりふすまを開けた。ふわりと百合の香りがして視線を上げたら花束を渡される。
「うん」
「彼と過ごせる時間、あまり残っていないんじゃないの?」
「そうだね」
ぼんやりと答を返すと、お前は真面目な子だなぁと空太さんは苦笑した。
「前世で過労死したっていうなら、現世ではサボればいいのに」
「前世で過労死するほど真面目で抱え込む人間よ?
根が真面目なんだから、サボったら居心地悪いに決まってるじゃない」
損な性分なのよ、と愚痴ってみれば、彼はそうか、そうだなぁと同意する。
百合の花に顔を近づけると、甘い香りが立ち込めた。白百合の花言葉は「純潔」。この人は知ってて贈ったのだろうか。
「そういえば、私の後継、次期ご主人様は誰になったの?」
無表情になった私の手を取って空太さんは立ち上がらせた。
「私だよ」
「久々の非能力者の当主ね」
皮肉じゃないのよ。そう付け加えて。
今、夜神一族で夢見の能力を持っているのは私だけだった。その私がいなくなった場合、3家の中から仮の当主を選ぶ。当主の寿命は短い、だからたまにこうした能力者不在の期間がポコリと現れることがある。
けれど、私と空太さんは仮ではなく、強固な体制にしようと考えていた。もう夜神家の能力者が、命を削って支えなくてもやっていけるように。
オマケのような人生を歩ませてもらっている私の存在意義はどこにあるのか考えていた。転生という不思議な現象を体験させてもらった、その理由が欲しかったのかもしれない。
誰でも、一度しかない人生を棒に振るのは怖いし、嫌だ。当然私もそう思っていたのだけれど、考えていてふと思ったのだ。夢見の力を当てにすることを終わらせる、それが私のやるべきことではないのかと。
――権力を吸い取って出来たかのようなこの屋敷は、呪われている。
しかし、それで富と権力を得た代わりに、この3つの家の者の寿命は短かった。特に能力者には身体的、精神的負担が大きすぎる。
だから、そのようなものに依存しなくても生き残れるように、伴野家は以前から少しずつ会社を大きくしていた。多少以上に私の能力を使って。
空太さんの才覚と私の夢見で会社は軌道に乗った。歴代の当主が少しずつ、少しずつ努力してきたおかげだ。そうすることで過去の呪いを断ち切って、普通の生活を手に入れようとしたのだ。




