第27話
本日は釣りに出かけました。
英明君の趣味が釣りだというのはとても妙な感じ。
2人でぼー―っと釣堀に糸をたれながら魚がかかるのを待つ。ぽかぽかとした日差しはさほどきつくもなく、暖かい。
「俺の趣味ってじじくさいとかいわれるんだよね」
少しだけ、口を尖らせて英明君は糸の先を見やった。
でも、こうして日向ぼっこしながらゆるゆると糸の先を見つめて過ごすのもいいかもしれない。
この前、英明君と囲碁の対戦もやった。さすがに強くて、結構自信があったのに1目の差で負けてしまった。
天気予報対決では2人いつも同じ答だから勝負にならない。
こうしてこのまま日々は流れていくのかな。
英明君の背中に寄りかかって空を見上げる。
二人で「明日は晴れ」と予想した天気は面白いほどに当たって、空からは柔らかな光が降り注ぐ。
ゆっくり流れていく雲を見ていると、自分がちっぽけな存在のような気がする。
私一人がじたばたしたところで大きな流れが変わるなんてことはないのだろう。
気持ちがいい。
「万夢、お昼寝中悪いけど糸引いてるよ」
そのまままどろみかけていた私は、はたと糸の方に目をやった。
「本当だ」
「どうする?」
代わりに俺が釣ろうか?
「……いい。そのままで」
しばらくすると、魚は餌だけ加えて持っていってしまったのか、糸がひかれることはなくなった。
「のんびりしてるね……」
今日も家の中で行われている政治闘争のことを考えながら、そんな言葉がこぼれた。
こんなに平和な世界もあるというのに。
「よっと」
その言葉と重なるようにして英明君のところに魚がかかったことが窺い知れる。大きい。
「万夢、網ですくって」
はいっ。
私は近くに立てかけてあった網で魚をすくう……つもりだったのだが、
「魚が跳ねてなかなか入らないんですが」
暴れまくる魚をなかなか捕らえることが出来ない。
「なんか中ですごいことになってそう」
英明君は釣りざおを持ち直すと一気に引き上げた。
その瞬間にあわせてバケツを差し出すと、糸の先につながっていた魚と、それにくっついていたタコと、タコについていた魚の3匹が吸い込まれていった。
「「……」」
思わず2人で顔を見合わせてしまう。
「こ……こういうのを漁夫の利っていうのかな?」
「かもね」
それから少し笑った。今日は塩焼きにでもするかな?なんて話しながら。
今日あったことも日記に書き記す。最近日記のページは増えるばかりだ。
お風呂上りの石鹸の匂いにつつまれて、私はパラパラと日記をめくった。
英明君とはじめて話したのは2年になってからしばらくしてのこと。
「比留間君は優しいから、まだギリギリなんだね」
確か、それは比留間君にお弁当をもらったときの私のセリフ。
人に言えるほど余裕があるわけでもないのに、と苦笑する。
あのとき、まだ比留間君は無表情な人だと思ってた。
でも、夕馬君とのデートの時に出会った英明君はそんなことなくて、
にこやかに脅迫していたり、むっとした表情をしたり、
誉めてくれたり、
笑ったり、
それから、
それから……
たくさんの表情が積み重なっていく。
相変らずの毎日に、比留間君という変化が入って私も変わっていった。
日記の一番新しいページに書き記す。
――十年後の私へ。
今私は何をしているのでしょう?
幸せ……ですか?
以前なら未来のことなんて考えもしなかったのにね。
それから……
――比留間君はどうしてますか?
元気ですか?
比留間君はきっと比留間君のままなのような気がする。まあ、私の希望ではあるけれど。
私たちは、このまま道を進むことができるのかな。
比留間君とも道が別れて離れていってしまうのかもしれない。
夢で見るのは怖くてやるつもりはないけれど、一緒にいても、離れてしまっても、思う気持ちに変わりはない。
たくさんの幸せをもらったから。
充分すぎるくらい幸せだったから。
最後の方に小さく、小さく書き記した。
――たくさんの幸せを有難う。
――大好きです。
う! こうして書くと恥ずかしいなぁ。
そういえば英明君も日記を書き始めたといっていたけれど、何書いているんだろう?
今日の「漁夫の利」のこととか書いているのかな?
むしろタコ1匹、マス3匹……とか釣った魚の記録だったりして。
でも、こうして、日々を、日々の生活を、経験を共有しているというのは、とても不思議なことだと思う。
パタンと日記を閉じると、私の気持ちがそこに封印されたような気がした。
――好きです。
――比留間君。大好きです。




