第26話
今日は万夢と釣りに出かけた。
俺の趣味が釣りだと言うと彼女は「へぇ……」と驚いたようだった。
2人でぼー―っと釣堀に糸をたれながら魚がかかるのを待つ。ぽかぽかとした日差しはさほどきつくもなく、暖かい。
「俺の趣味ってじじくさいとかいわれるんだよね」
朝広とか夕馬に。そういう朝広の趣味のサイクリングも変わらない気がするんだけどな。まして夕馬の整理整頓(自分の部屋だけ)というよりはナイスでしょ? こうして日向ぼっこしながらゆるゆると糸の先を見つめて過ごすのも。
この前、万夢と囲碁の対戦もやった。思っていたよりも万夢は強くて1目の差でようやく勝てた。
天気予報対決では2人いつも同じ答だから勝負にならない。
こうしてこのまま日々が流れていくといい。
ゆっくりと、このまま幸せを感じていたいと思う。
2人で「明日は晴れ」と予想した天気は面白いほどに当たって、空からは柔らかな光が降り注いだ。
背中に彼女の熱を感じながら釣りざおを垂れる。……気持ちがいい。
そのとき、くいくいと万夢の釣り糸が引っ張られているのが目に入った。
「万夢、お昼寝中悪いけど糸引いてるよ」
「本当だ」
どうやらまどろみかけていたらしい。
「どうする?」
代わりに俺が釣ろうか?
「……いい。そのままで」
それがなんとなく彼女らしい解答のような気がして、俺は「そう」とだけ返事して、水面に視線を移動させた。
「のんびりしてるね……」
そうだよ。のんびりして欲しくて誘ったんだから。
なんとなく嬉しくてそう答えようとした瞬間糸が引っ張られる感触がした。
「よっと」
いつもより重いそれに、大物がかかったような予感がする。
「万夢、網ですくって」
手が離せなくて万夢に頼むと彼女は網を持ったのだが、いかんせん魚が跳ねてなかなか捕まらない。
「なんか中ですごいことになってそう」
1匹じゃないのかな? そう思って一気に釣り上げると、糸の先につながっていた
魚と、それにくっついていたタコと、タコについていた魚の3匹が出現した。
「「……」」
思わず二人で顔を見合わせてしまう。
「こ……こういうのを漁夫の利っていうのかな?」
「かもね」
それから少し笑った。
これって運がいいのかな?なんて。
今日あったことも日記に書き記す。
とりあえず、落ち着いた色合いの大学ノートを日記代わりに使っている。
さっき風呂に入ったばかりだから辺りには少し石鹸の香りがした。
パラパラとページを戻す。
最初に書き始めたのは、万夢を忘れないためだった。
こうしておけば、俺が彼女のことを忘れても思い出せるんじゃないかって思って。
自分に向けて書いたようなものだった。
あのとき、万夢と契約するなんて考えてもいなかったのだけれど。
でも、「自分は作り物の微笑だから」といった万夢の本当に笑った顔が、
恥ずかしそうに慌てる顔が、
不思議そうに見つめる顔が、
それから、
それから……
たくさんの表情が積み重なっていった。
相変らずの毎日に、万夢という変化が入って俺の気持ちに変化が生じてくる。
日記の一番新しいページに書き記す。
――十年後の俺へ。
何してるんだ?
少し、自分に手紙を書くような気恥ずかしさを覚える。
それから……
――万夢はどうしてる?
元気?
今もずっとずっと大変な思いをして、頑張っているだけに。
まあ、俺がついている限り絶対に無茶はさせないけれど、俺たちは、このまま一緒に道を進むことができるのだろうか?なんて思う。もしかすると未来では道が別れて離れていってしまうのかもしれない。何が起こるかなんて俺には予測できないのだから。
でも、一緒にいても、離れてしまっても、思う気持ちに変わりはない。
たくさんの優しさをもらったから。
充分すぎるくらい幸せな時間を共有できたから。
最後の方に小さく、小さく書き記した。
――たくさんの幸せを有難う。
――好きだよ。
うーん。流石に、これは恥ずかしいな。朝広にみられたらなに言われるか分からない。まあ、見せないけど。
そういえば万夢も日記を書いていると聞いたけど、何書いているんだろう?
今日の「漁夫の利」のこととか書いているのかな?
むしろタコ1匹、マス3匹……とか釣った魚の記録だったりして。
でも、こうして日々を、日々の生活を、経験を共有しているというのは、とても面白いことだね。
パタンと日記を閉じると、そうした二人の時間が閉じ込められたような気がした。
――好きだよ。
――万夢。




