第16話
「比留間殿、そろそろ良いだろう。万夢の部屋へどうぞ、一人で」
番場が俺を制して隣へのふすまを開けた。そうして付け加える。
「今回は特例措置だということを忘れないで頂きたい。
今、彼女には休みが必要な時期だということをくれぐれも念頭に置かれるように」
父さんは、頷いて部屋へと入っていった。
何か話し声が聞こえるが、ここからでは聞こえない。
気になって仕方がないのだが、ここで気をもんでいても仕方がなく、俺はほうれん草を口に運んだ。
――おいしい。
さっきの料理と違って普通なのだけれど、気取ったところがなくて普通においしい。顔をあげると番場も伴野も、黙々と食っている。
「どうだ」
聞かれたので素直に答える。
「いいね」
伴野はそうか、と呟いた後
「万夢の手料理だ。彼女の唯一の趣味だからな」
少し誇らしげに口に入れた。
それから味噌汁が出てきて、なんだかこの家でこの普通の食事は普通のようで普通でないような気分で、なにかよく分からないまま箸を進めた。
「比留間は何も聞かされていないようだな」
じっと番場に見つめられ答えにつまる。無知であると思われるのはどうも気分のよいものではないね。
でも、知っているフリをして知らないままでいるよりはいい。
「ここは何? そして俺は何のために呼ばれたの?」
単刀直入に質問をした。
「第一の質問には俺が答えよう」
番場は味噌汁を全部平らげてしまうと箸を置いた。
「ここは夜神家だ。夜神家とはすなわち古くから権力者お抱えの能力者の家である。
政治の裏には必ずといって良いほど能力者が付き物だからな。
万夢は現在、日本最高の『夢見』の能力者だ」
『夢見』それは未来や現在や過去を夢の中で自由自在に垣間見ることができる能力。
その辺のへっぽこ霊能力者と一緒にするなよ。彼女の見たことは必ず真実なのだから。
「だが、彼女は夢を見るのにひどく体力と精神力を使う。
お前も目にしたことがあるかもしれないが、万夢はよくうたた寝をしている。
普通にぐっすり眠ることが出来ないからな」
睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠がある。人は寝ている間、レム睡眠によって必ず夢を見る。覚えてはいなくても夢を見ることで、様々はストレスを発散させて自己防衛しているのだ。
それは実験でレム睡眠を阻害したマウスで衰弱が早くなるデータからも裏付けられている。
しかし強制的に予知夢を見てしまう万夢は、それがストレス発散にならないのだ。
それで断続的に睡眠をとらざるをえなくなる。
今日は、彼女がどうしても外へ出るというので睡眠薬で一旦眠らせたのだが。
淡々と説明する番場の言葉を最初信じることは出来なかった。けれども、そう言われてみると、彼女の学校での異常なまでのうたた寝がしっくり来る。
「第2の質問には私が答えよう」
伴野がお茶を所望してからこちらに向き直った。
「今日お前の父親は万夢に依頼をした。
万夢は数日前に依頼された夢見を行ったばかりで体調が悪く、断ったのだが、内容が少々緊急を要することであったからな、仕方無しにOKした」
それが俺とどういう関係があるわけ?
「その時お前の父親は交換条件にお前を差し出したわけだ。
今回だけでなく、今後もここに参加するために。
相当やり手のようだな。万夢の中学に息子を入学させておくとは」
「!」
「私は仕事があるため、始終万夢についていることは出来ない。
また、この番場大地も別の使命があるため、同様だ。
そうなると彼女を守る人物が一人くらい学校にいてもよいだろう。
写真を見れば、まあ虫除けにはなるかなと、そういうわけだ。
態の良い身売りのようなものか? まあ、せいぜいしっかり仕えるがいい」
「そんなこと俺は一言も聞いていない」
いきなりそんなことを言われても、と言葉を濁すと伴野はさもあらんと頷いた。
「そういうだろうと思っていた。先ほど彼女に告げたときもそう言っていた。
しかしそれでは依頼は成立しないのでな。
今回分だけ、つまり彼女が体調をひどく崩すであろう1週間だけ働いてもらおう」
それ以降はお前次第だ。
そこまで言われてしまっては仕方がない。
確かに俺には直接関係ないけれど、体調を崩すようなことをさせてしまうわけなのだから、倒れたりしないか見守るくらいなら、べつに頼まれなくても普通に見ててやるけど?
それとも他に何かあるのだろうか?。
「まあそう心配するようなことでもない。
彼女は私たち3人の中で一番状況判断も的確で、
体が弱いことを除けば特に何も手助けする必要もなかろう」
確かにね。
「もしひどく衰弱しているようだったら生気を吹き込んでやればいい」
俺にはその意味がわからなかった。しかし、質問しようとした時、番場とやらが写真を取り出したのでそっちに目が行ってしまう。
「空太、それよりも今日の写真を整理しよう」
それは今日の夕馬と夜神さんのデートの写真だった。しっかり俺たちも写っているんだけど?
――隠し撮り。そんな単語が頭の中に思い浮かんだ。
おお、そうだったな、と順番に並べているこの従兄弟は一体何考えているのだ。心なしか嬉しそうにさくさくとアルバムにはさんでいる。
さっき見たゾクっとするような、そんな色っぽさというものは感じないけれど、確かに写っている彼女は可愛らしい。しかし、不審人物を見るような俺の視線に気がついたのか、番場は
「もう一つ言っておくことがある」
と付け加えた。




