8:驚いたのよ
川へとやって来て仕掛け網を回収してみれば、大量とまではいかないけどサケが5匹にパイクが3匹掛かっていた。
サケはギンザケだろうか、脂がのっているのかまるまるとしていて美味しそうだ。
新巻鮭にしてもいいだろうし、燻製してもいいし長期保存がきくのでありがたい。
パイクもまるまるとしている、白身の魚だからムニエルやフライにしてもいいかもしれない。
魚を捌くのは慣れているのでさっくりと鱗を落として内臓だけ抜いておく。
サケは2匹ほど雌で卵持ちだったのでラッキーだった。後で塩漬けにしてイクラにせねば!
一旦家に戻って保存庫に魚を入れておく。
加工は明日にでもやろうと思う。
さてと次は薪集めだね。
クィーンは今日も張り切っている。
昨日同様、ニクスさんが伐採して私が枝打ちをしていく。
手斧の扱いにもすっかり慣れたもので随分と作業が楽になったように思う。
が、腰が痛いのはどうにもならなかったので、時々は腰を伸ばすようにしている。
ずっと中腰姿勢は辛いのよ・・・
今日も12本ほどの丸太を切り出したので帰る事にする。
薪割も昨日よりは手早く終わらせることが出来たので、保存用の魚の処理に入ろうと思う。
サケは荒巻用に3本はたっぷりと塩をまぶす、というよりは塩に漬け込むと言った方がいいかもしれない。
漬け込んだまま2~3日置いておけばいい。
燻製用の2本は塩を擦り込んで寒風に1晩晒した後燻製すればいい。
問題はパイクだ。
実はこのパイク、歯が鮫みたいな感じに生えているので注意が必要だったりするし、小骨が多いんだよね。
なので3枚おろしは止めた方がいいかもしれない、小骨が喉に引っかかるからね(私が)
保存はそのまま保存庫でいいかも? 1匹は今日食べるけども。
今日はオーブン焼き(ペチカだけども)にしようと思う。
ギザギザの鰓の部分から頭をぺちっと切り落として、ヒレや尾も落として塩胡椒で味付けをしお腹に匂い消しのレモンの輪切りとハーブを詰め込んでオリーブオイルを振りかけて焼くだけ。
白ワインがあればそれも振りかけるのだけど、残念ながら無いのよね。
今度町に行ったら料理に使えそうなお酒を探してみようと思う。
もう1品はザク切り野菜とソーセージのポトフだ。
キャベツ、人参、玉葱、カブ、ソーセージをオリーブオイルで炒めた後に煮込み塩胡椒で味を整えればOK。
ベーコンを入れても美味しいのだけど、ベーコンは明日使いたいのよね。
ニクスさんは今回も綺麗に平らげた。
「キヨカのお陰で食生活が豊かになった」
「いつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」
「明日は町へ買い出しに行かないか。
冬前の依頼が無いか確認もしておきたいし」
「そうだね、私も欲しい物があるし丁度いいから行こうか」
冬前のこの時期、自分で狩りが出来ない人達が個人的に依頼を出す事もあるのだとか。
勿論その場合は役場で発行された許可証も預かる事になる。
じゃないと森林警備隊と鉢合わせた時に困るからね。
私は明日町へ行ったら買う物や探したい物を頭に思い浮かべる。
予め頭の中で纏めておかないと忘れる場合があるんだよ・・・
冬用の靴や服も欲しいし、手袋や帽子もあった方がいい気がする。
私が住んでいた地区は最低気温が-5℃までしか下がらなかったけど、ここだとどこまで下がるのだろう。
温度計なんて物はないから体感でしか解らない。
体感だとアテにならないんだよね。
数年前に-12℃まで下がった事が1度だけあったのだけど、次の日は-5℃だったのに温かく感じてしまったのよね・・・
慣れって恐ろしいよね。
そんな事を考えていたから、この時の私は綺麗サッパリと忘れていた・・・
「キヨカちゃん、マクラクは持ってるのかい?
うちの子のお古でよければ持って行きな」
「アノガジェはあるのかい?ほらこれを持っておいき」
「パルカは足りているのかい?何枚あってもいい物だからね。
うん、サイズもよさそうだから持っていっておくれ」
それ以外にもアティギだのカーミックだの帽子だの手袋だのマフラーだのと、どうやって持って帰ればいいのか解らないくらい渡された。
冬の間は少しでも濡れたらすぐに着替えないと凍傷になるらしくて、服だけでなく靴なんかもいくらあっても困らないのだとか。
マクラクだのアティギだとの言われても解らなかったけど、現物を見て納得した。
あれよあれ、北極圏の先住民族が着ている服や靴。
寝る時なんかは下着などつけずにアティギだけの方が暖かいのだとか。
それにしても何故に皆さん私の名前を知っているのだろうかと思ったら、バパールおじさんのせいだった。
そしてニクスさんが言っていた『構い倒される』とはこういう事だったのか。
言われたのを忘れていたから驚いたのよ。
もっとも、覚えていたとしても驚いただろうけどさ・・・
どうやらこの町には今、未成人が私しか居ないらしくて皆して構いたくて仕方が無いのだとか。
ニクスさんも予想以上で驚いたらしく顔が引きつっていた。
頂き物の量が凄い事になってしまったので、一旦帰る事になった。
運ぶのが大変だろうとソリまで頂いてしまい、ありがたいやら申し訳ないやら・・・
「なんかすごい事になってしまったね・・・」
「あれは俺も予想外だったな」
「冬服とか買わなくて済みそうでありがたいけども・・・」
「まだ渡したい物があると言っていたが?」
「へ? まだあるの・・・」
「町で唯一の未成人だからだろうな・・・」
「ハハハ・・・」
意識的にはおばさんなんですなんて絶対に言えないよこれ・・・
ともあれ一旦荷物を家の中に置き、再び町へと戻る私達だった。
ごめんよクィーン、2往復もさせる事になって。
結局2度目でもあれこれと貰ってしまい、女性陣のみならず男性陣からはナイフだの包丁だの銛だの斧だの弓だのと持たされた。
中には春になったら仔馬が生まれるからそれをくれると言うおじいちゃんまで・・・
いやいや馬は財産でしょうがよと思ったけど、だからこそ1人1頭は持っておく物だと言われた。
誰が馬をあげるかサイコロ勝負で勝ったのだと嬉しそうに言うから、いらないなんて言えなかった・・・
お礼を言えば皆口を揃えて無事に成人してくれればそれでいいのだと、子は皆の宝なのだから遠慮はするなと言われてしまった。
子は皆の宝か、いつか誰かが子を持ったら私もその子の為に何かしてあげたいと思う。
そして今度こそ買い物も済ませることが出来た。
冬前までに後1~2回は買い出しに来る予定らしい。
本格的に冬が来れば、なかなか遠出する事が出来なくなるのだそうだ。
まぁ確かにね、私の住んでいた所も冬だと風速20mくらい吹いている日も多かったもんなぁ。
煙草買いに行くのも一苦労だったし、食料品も買い溜めするから1家に1台大型冷凍庫は当たり前に有ったし。
外に置いていると野菜も凍るから、冬場の冷蔵庫は凍らない為に入れる物になってたし。
きっとそれよりも厳しい環境なのだろう、あの毛皮の服だもんねぇ。
家に戻った頃にはすっかりと遅くなってしまい、空は紫色に染まっていた。
だけど夕飯も頂いてしまったので温め直すだけでいい。
ウハー(魚のスープ)ピッティパンナ(ジャーマンポテトみたいなの)ピロシキとどれもおいしそうだった。
器や鍋は返さなくていいからそのまま使ってくれと言われたので有難くそうさせて貰おうと思う。
ただね?ピロシキは私が知っている大きさではなかった。
3倍くらいの大きさで私はこれ1つでお腹がいっぱいになった・・・
そっか、いつもパンのサイズがデカいなぁとは思っていたけどもあれが普通サイズなんだね。
ウハーとピッティパンナも少しは食べたかったので、ニクスさんが食べつくす前に取り分けておいた。
明日の私の朝食にしようと思う。
娘よ、こっちの世界に来て約1ヶ月。
おかんめっちゃ衣装持ちになったんだけど!
なんなら斧とか弓とかそっちじゃ手にした事無い様な物まで貰ったんだけども!
ついでに言えば、こっちだとおかん一番背が低いんだけども!
まだまだ驚く事も多いけど、なんとか元気でやってるよ!
お腹の子は順調かい? 無理はしないようにね!
と取り敢えず報告してみたけど、せめて写真があればなぁと残念に思う。
マクラク=ヘラジカやトナカイの毛皮と蹄で作られたブーツ
アノガジェ=毛皮で作られたフード付き防寒ジャケットで
毛が外側になったモフモフジャケット
パルカ=毛皮で作られたフード付きの上着
アティギ=毛皮で作られ毛が内側になる様に作られた上着
カーミック=腿まである毛皮のブーツ
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