7:おじさんが出来ました?
夕暮れ前に風除室は完成していた。
流石獣人男性2人と言うべきか。
オンスさんは自分の家にも風除室を作るか悩んでいたみたいだ。
夕食は風除室の完成祝いと言う事でBBQにした。
普段でも屋外で肉を焼く事はあっても、こういったやり方で焼く事はなかったそうで喜んでもらえたようだった。
BBQコンロが無いので適当な大きさの石を積み上げただけの簡易的な物だったんだけどね。
明日の昼頃にオンスさんは自宅へ帰るそうだ。
ここから馬で2時間くらいの山の麓に住んでいるそうで、そのうち遊びにおいでと言ってくれた。
困った事などあれば親だと思って頼ってくれとも言って貰えてありがたかった。
あれから1週間が経ち、今日はニクスさんと一緒にベリーやヤナギランを採取している。
ベリーはジャムやジュースにして保存しておけば冬場のビタミン補給に使えるし、ヤナギランはビタミンやミネラルが豊富でお茶にもなるけど、抗炎症作用や抗酸化作用もあって風邪の予防や美肌効果もあるのだとか。
今の時期が旬らしいのでなるべく多く収穫しておきたいし、今年は無理だけど来年には庭にも植えられるといいなぁと思う。
ヤナギランの茎を指で挟んで下から上へと移動させれば面白いように葉が取れていく。
花も食べられるらしいので一緒に収穫しておく。
ベリーも種類ごとに別けて収穫していく。
勿論野生動物達の分は忘れずに残すようにしている。
まだ遭遇した事はないけれど、これだけ森の恵みが豊富にあるのだから生息はしているのだと思う。
「これだけあれば十分かな?」
「そうだな、戻ってヤナギランの天日干しをしておくか」
ヤナギランのお茶は半日ほど天日干しをした後に葉を揉んで、その後2~3日発酵させた後に再び天日干しをしてカラカラになったら密閉容器に入れて2~3ヵ月熟成させれば完成するらしい。
日本茶とは作り方が違うみたいだ。
せっかくだから今日はフレッシュハーブティーとして飲んでみようと思う。
後1ヶ月もすれば冬が始まるのだという。
夏が短いとは聞いていたけども本当に短かかった。
そんな訳でしばらくは薪集めとなるのだけど、狙うのは立ち枯れした木。
家から近い場所は残しておいて、移動が楽なこの時期はなるべく遠い場所から集めるのだそうだ。
ここでもクィーンが大活躍する事になる。
立ち枯れして乾燥した丸太であれば1回で12~5本は余裕で運べるんだそうだ。
凄いねクィーン。
薪集めと同時進行で行うのは川での仕掛け網漁。
これは簡単で、川の中に5mくらいの網を張って1晩待てばいい。
小さい魚が引っかからないように網の目は大き目にしておくのだそうだ。
獲れる魚はサケやマス、バーボットやパイク、トラウトなどである。
植物や魚は名前が同じっぽいのに獣だけなんで名前が違う物がいるんだろうと素朴な疑問が浮かんだけど、よく考えたら見た目も違ってたね・・・
きっとそのうち見慣れてくるだろうと信じたい。
毎回驚いてたらやってられないよね。
ニクスさんが伐採して私が枝打ちをしていく。
立ち枯れした木を伐採する事は森にとっても良い事なんだそうだ。
伐採する事で下の方に日があたるようになるし、木と木の間隔も開くようになる。
若木が育ちやすくなるのだそう。
打ち落とした枝も焚き付けとして使えるので忘れずに回収しておく。
ついでに松ぼっくりを見つけたらそれも回収しておいた。
森の木はトウヒが多いようだが白樺やヒバ、松なんかも時々見られた。
こことは違う森だと栗やクヌギ、シイ、コナラなんかもあるらしいので、私が最初に居た森はそっちなのだろうと思った。
あれ?・・・
森が違うのに私の叫び声が聞こえたって事?・・・ うそん。
そう言えば物を売りに町へ来ていたといってたような、だったら聞こえてもって結構な距離があるよね?
獣人だから耳がいいのかな?
待って、それならそれで他にも町の住人で聞こえた人が居たのかも?
うわぁ恥ずかしい・・・
「どうかしたか?」
「へ? いやなんでもないよ・・・」
手が止まっていたらしい。
いかんいかん、今は集中しないと。
その後は黙々と作業を続けて12本の丸太を確保出来たので帰宅する事にした。
帰ったら切り分けて薪置き場に積み上げないとだね。
これまた重労働になりそうだ。
ニクスさんがノコギリで切り分けて、私が斧で割っていく。
薪割作業なら手慣れているが、私は鉈でやっていたのでコツを掴むまでにてこずった。
だが慣れてしまえばどうという事は無いし鉈よりは楽だった。
ここだと一冬にどのくらいの薪が必要なのだろうか。
元の場所で私が一冬に使う薪の量は軽トラックに3杯分だったが、確実にそれよりは多そうだ。
冬が長いと言っていたしね。
もっともここだと冬じゃなくても常に薪は使うのだけれど。
積み上がっていく薪の山を見ると気持ちがいい。
明日も薪集めだ、筋肉痛になっていないことを願う。
さぁ今日も元気に頑張るぞと玄関を開けた私は何かの毛にバフンと埋もれた。
なによこれ、何の毛よ・・・
数歩下がって確認するとそこには焦げ茶色のクマが立っていた。
「 ・・・ 」
咄嗟の事で声がでず、そっと玄関を閉める。
ドンドンと扉を叩く音と声が聞こえる。
ん? 声? 鳴き声や唸り声ではなくて?・・・
「え、やだちょっと閉めないでくれるかな?
怖くないから! 僕町長だから! 驚かせてしまってごめんね~」
町長さん? 熊が町長さんなの? んなバカな童話じゃあるまいし・・・
って、私は寝ぼけていたのか。
そうだよ、ここ獣人の国じゃないよ。
町長が熊さんでも普通じゃないよ・・・
再び玄関扉を開ける。
「失礼しました、つい条件反射で閉めてしまいました」
「こちらこそごめんね、森に来るのは久々だから用心の為に獣姿で来たんだよ」
「なるほど、熊だと他の獣は近寄ってこなさそうですもんね」
「うんうん、そうなんだ。それでニクスさんは居るかな?」
「中でお待ちください、呼んできますね」
私は熊町長さんを椅子へと案内した後ニクスさんに声を掛けに行った。
ニクスさん、実はトイレ中だったのよね・・・
その後は熊町長さんにお茶を出した。
今日のお茶はジンジャーレモンティ、体が温まるからお勧めなんだよね。
「お待たせしました町長。森の中へ来るとは珍しい、いかがなさいました?」
「ニクスさんが幼子を拾ったと噂になって居ましてな」
あー、いつかは噂になりそうだよねとは2人で話していたんだよね。
町であれこれと私の物買い揃えたりもしたしね。
でも、幼子って・・・幼子ではないと思うのよ?
「たぶんそれ、私の事ですね。
とは言え56なので幼子ではないと思うのですが・・・」
「なるほど、君の事だったか。
確かに幾分背が低いとはいえ幼子ではなさそうだ」
やっぱり背の低さがネックになるのか・・・
「それでやはり拾ったのか?」
「森に居たんですよ、偶然見つけましてね。
話してみれば記憶が無いようだったので保護する事にしたんですよ」
(予めニクスさんと記憶喪失という事にしようと決めてあったのだ)
「記憶が・・・そうか。
可哀そうに、何か辛い事があったのだろう。よし、解かった。
なぁに、心配はいらないからねお嬢ちゃん。
僕の方から町の皆には上手く説明しておくよ」
「そうして貰えると助かります」
「お手数をお掛けします町長さん」
「やだなそんな堅苦しい呼び方は。
そうだな、僕の名前はバパール。バパールおじさんと呼んでくれると嬉しいな」
私は顔がちょっとだけ引きつった。
体が若返ったとは言え気持ち的にはおばさんな訳で、それなのに私よりも感覚的に若そうな熊さんをおじさんと呼べとか・・・
「駄目かな?」
ウルンッとした丸い目で見られると嫌だとか言える訳もなく・・・
「バパールおじさん、私はキヨカと言います。宜しくお願いします」
「キヨカちゃんか、困った事があったらすぐおじさんに言うんだよ」
「町長、俺がついているので大丈夫ですよ」
「いいじゃないか、私とて可愛がりたいんだ。独り占めはずるいぞ」
いやあのですね、独り占めとかずるいとか子供の玩具の取り合いじゃないんだから・・・
要件は済んだからと熊町長改めバパールおじさんは町へと帰って行った。
置き土産に山盛りの飴を残して・・・
何故皆飴なんだ、たまには他の物でもいいじゃないかと思ったけど、考えてみれば私も小さな子には飴をあげていたような気がしなくもない。
「キヨカ、覚悟しておけよ」
「へ? 何が?」
「次から町に行った時には構い倒されるぞ・・・」
「えぇぇ・・・」
そう言えば子供は数が少ないんだったっけ・・・
気を取り直して薪集めに出掛ける事に、おっとその前に仕掛け網の確認をしなければ。
何が掛かっているだろうか、サケがあると嬉しいのだけど。
読んで下さりありがとうございます。




