19:舌を噛みそうなのよ
それからの私はひたすら薪を作る日々だった。
そうこうしている内に雪解けが始まり、春が訪れる。
春はベリー詰みや山菜の収穫時期でもあり猟の開始時期でもある。
この日はベリアさんに誘われてルバーブの採取に来ている。
私の知っているルバーブは赤いのだけど、ここでは緑のもあるらしい。
赤いのはジャムやコンポートに、緑のはサラダにするのだそうだ。
確かビタミンCやカリウムが豊富なんだっけか。
なるほど、ここだと貴重なビタミン源になるんだね。
採取しながら1本齧って見るとセロリみたいな食感がして美味しかった。
元の世界だと食べた事がなかったけど、食べてみればよかったなと思う。
小さ目の籠いっぱいになったらこの場所は終了。
採り過ぎは良くないもんね、また来年も生えて来てね。
次の日は蔓を獲って来てくくり罠を作った。
大物は無理だけど、くくり罠に掛かる小物ならば私でも対処できるからね。
そろそろ新鮮なお肉が食べたいのよ。
そう思って出来上がった罠を仕掛けに行く。
7個作って仕掛けたので、1つくらいは掛かってくれるんじゃなかろうか。
帰り道で解氷が始まった川の近くでギョウジャニンニクを見つけた。
葉の形といい匂いと言い絶対ギョウジャニンニクでしょこれ。
試しに葉を少しだけ齧って確かめる。
うん、ピリピリしてないから毒では無いと思うので採って帰る事にした。
ゾヤソースがあるしタマリ漬けが作れそう、家でコッソリ食べる分には大丈夫よね?
卵とじにしても美味しいし。
はっ、土手の方には蕗も見えるじゃないか(何蕗かは知らないけど)
蕗は明日採りに来よう。
戻れば何やら揉めている様子だった。
いったい何を揉めているのだろうか。
「ピンクだろう!」
「いや黄色だろう!」
「違う違う、空色に決まっているだろう!」
色で揉めてるの?
何の色で揉めてるのよ、何処の色よ・・・
「お、帰ったか。リュンあれどうにかしてくれ」
「ニクス兄さん、どうにかしてくれってどうしたのよ?」
「リュンの部屋の壁の色で揉めているんだ・・・」
「 は? 」
いやいやログハウスだから壁は丸太で木そのものの色でしょうによ。
壁紙だのペンキだの無いでしょうが(あっても要らないけども)
「なんでも魔族の人達は木の根を煮出して
木を染める染料を作っているんだそうだ」
「木の根で木を染める・・・それは凄いね?
でも私は木そのものの色が好きなんだけどな、もしくはダークブラウンとか」
「「「 えぇぇ・・・そんな年寄り臭い! 」」」
がーんっ・・・
年寄り臭い・・・
年寄り臭い言われた・・・ シクシクシク。
そんな事はないわよっ!
木の色合いが好きって人は居たもの!
ナチュラル思考の人もいっぱい居たわよ!
年齢は関係ないのよっ!!
「だ、大丈夫だ。エルフや獣人は自然そのものの色合いを好むし!」
「う、うむ。そうだな。自然な色合いもいいものだしな!」
「そ、そうだ。窓のカーテンはどんなのがいい? 花柄や星柄にも出来るぞ!」
皆が慌て始めるが慌てるくらいなら言わないで欲しかったよ・・・
カーテンは無くてもいいんだけどな。付けるにしてもブラインドがいいんだけど存在するのか解らないからうかつに言えない。
が、ここで断るのも気が引けるので月が浮かんだ夜空みたいなのがいいと言ってみた。
よし任せろとリザードマンさんが勝ち誇っていたのは何故だろうか。
と言うか、家造りにカーテンは含まれるの?
一般的に含まれないと思うんだけど?・・・
夕飯を食べながらニクス兄さんが説明してくれた。
誰がリュンのベッドを作るか、誰がサイドラックを作るかなど取り合いになっていたらしく、勝ち取れなかった人が苦肉の策で思いついたのが壁の色だったと・・・
ありゃまぁ、それはそれはなんだかごめんなさい?
私がそのままの木の色がいいと言ったもんだから更に苦肉の策でカーテンが出て来たと・・・
俺は一応止めたんだからな?とニクス兄さんには念を押された。
大丈夫、判ってるよ。あの勢いじゃ押し負けてしまうよね・・・
夜、今日こそは料理本を見るぞ!と私は意気込んでいた。
ペリメニってなに?
細かく刻んだ肉や野菜を小麦粉で作った皮で包み茹でたもの。バターソースやマスタードを付けて食べる。
洋風餃子って事? マスタードってあるんだ。へぇ。
カシャってなに?
雑穀を煮込んだ物って、雑穀粥って事かな?
あ、汁気は少ないんだ、なるほど。
雑穀だから体には良さそうだし温まりそうよね。いいねこれ。
ゴルブツィは?
キャベツの葉で肉を包んで煮込んだ物って、ロールキャベツか。
味付けは家庭ごとに違うのね、ふむふむ。
フレスケスタイ・・・舌嚙みそうなんだけど。
えーっと、ハーブと塩を揉みこんだ皮付き猪肉を焼くのか。
シンプルだけど美味しそうよね。
と言うかね?
名前がよく解らない長ったらしいのが多くて舌噛みそうなのよ。
和食じゃなきゃ大丈夫そうじゃないかなこれ。
あ、このカレリアパイっておいしそう。
ライ麦の生地でミルク粥やマッシュポテトを包んで焼いた物だって。
数日掛けて全部の本を見終わったけど、同じ国でも地方によって名前が違ったり味付けが違ったりと言う感じで和食じゃなければ大丈夫そうだった。
基本的な味付けはハーブと塩胡椒だったし。
考えてみれば日本だって地域によって名前や具材が違うだけで味噌汁と言うくくりだったりしたしね。
ただお菓子とかケーキなんかは地方毎に特色があって面白かった。
気が向いたら挑戦してみようかな。
ベリー摘みに罠の見回り、解氷が終わって穏やかになった川での釣りと日々忙しく過ごす。
ここでも罠にはマスクラットやタビネズミが掛かっていたのだけど、たまに魔物なのかな?
アーマーラットと言うアルマジロみたいなネズミが掛かっている。
このアーマーラット、背中の鎧みたいになってる外皮がとても硬くて防具の膝当てや肘当てとしても使われているのだそう。
お腹の部分は柔らかいのでそこに刃を入れて皮を剥ぐのだそうだ。
お肉の味はちょっと硬い鳥肉みたいだったので煮込み料理にいいかもしれない。
そろそろ短い夏が始まるという頃に家が完成した。
1階部分は広々としたLDKと風呂場やトイレと言った水回りがある。
あ、お風呂は五右衛門風呂に似ていた。ちょっと入り方にコツが要るのだけど温まるのよね。
子供の頃祖母の家で入っていたのを思い出す。
ちゃんとお風呂場にはシャワーもあったよ、よかったねニクス兄さん。
台所にはペチカと竃もあって、釜を買わなければと思っていたのにちゃっかり据えてあったよ。
きっとあのドワーフさんだろう、ありがとうー!
水は川まで汲みに行かなければいけないけど、ここから川まではそう遠くない。
それに冬場は雪や氷を溶かして使うしね。
日本じゃ考えられないよね、雪や外の氷なんて食べたりしたらトイレとお友達になっちゃう・・・
台所には勝手口があって、そこを出れば貯水樽と保存庫がある。
保存庫は半地下になっているので夏場も安心だね。
と言っても夏でも平均気温は10℃くらいな気がするし夜はもっと冷え込む。
2階には3部屋、それぞれの個室となるのだけどね?
見てびっくりしたわよ・・・
ベッドやサイドラックは勿論の事、クローゼットまで作り付けられているしローテーブルや飾り棚まである。
おかしい、家造りって絶対ここまでじゃないと思うんだ・・・
私の部屋だけかと思ったら兄さん達の部屋もだった。
至れり尽くせりというか、やり過ぎな気がしなくもないけどいいのだろうか。
ニクス兄さん曰く、未成人が居るからと張り切ったのだろうという事だった。
そっか、張り切っちゃったのか。だったら仕方が無いよね。
好意は有難く受け取っておこうと思う。
一通り見て廻った後は馬車に積みっぱなしだった荷物を運び入れていく。
もっともそんなに多くはないんだけどね。
運び終わったら何が足りないのかを確認して明日買い出しに行くつもりだ。
その後は久々に凝った料理を作るぞと張り切る私なのだった。
読んで下さりありがとうございます。




