第4話 男の子は、おっぱい大きい子は苦手だから
「おはよう!」
朝の挨拶は基本中の基本。
社畜リーマンが前世の姿の俺にとって、それはもはや身体に染み付いた1日のはじまりのルーティンだ。
そして、相手も「はざ~っす」みたいに、無感情で義務的な挨拶を返す。
それが社畜の日常な訳だが。
「おは……おぱ……」
「お、おおはようござまっしゅ!」
「挨拶……私に向けて男の子が挨拶してくれた……好き……」
「ざけんな、今の挨拶は私に向けてだし」
「お、戦争か? 入学早々死にたいと見える」
「かかってこいやぁぁあああ!」
だからと言って、たかが挨拶ごときにこんな過剰反応されても困るな……うん……。
しかし、こちらの一挙手一投足に女の子が過剰反応するって、何か楽しい。
どうせ、こんな反応がいいのは最初期だけだろうし、どうせなら楽しんでやれ。
俺は、そんな小悪魔的発想に至った。
「2人ともケンカしないの。そんな取り合わなくても、挨拶ならいくらでもするよ」
そう言って、今にも取っ組み合いを始めんとしている女子の間に、俺が割って入る。
「え……」
「あ……橘くん……」
さっきまで殺気を振りまいていたのに、途端に乙女になって頬を赤らめる2人。
「おはよう。今日もいい朝だね、俺の名前憶えてくれたんだ」
「おはよう。出来ればみんな仲良くしてくれると嬉しいな」
俺は相手の目を見ながら、それぞれ挨拶をした。
「「きゅうぅぅぅ……」」
ふぅ。
鎮火完了。
いくら俺でも、自分を巡って争う女同士のキャットファイトを眺めて悦に浸るような趣味はないからな。
見事にケンカを仲裁して平和平和。
何か、倒れた女の子たちが息してない、し、死んでる……とか騒いでるけど、まぁそこは周囲の子たちがなんとかしてくれるだろう。
「おはようございます橘君」
「おはよう多々良浜さん。お、ようやく口ごもらずに挨拶できるようになったね」
「か、からかわないでください」
真っ赤になった多々良浜さんが、顔をプイッと背ける。
「そういや、昨日はエッちゃん先生のお説教は長かったの?」
「はい……。でも、おかげでクラスメイトの結束力は初日にして随分上がった気がします」
「アハハ! たしかに、入学2日目なのに、いきなり朝からケンカしようとするくらいにね」
ケンカは、仲が良かったり関係が深く濃いからこそ生まれるものだ。
そういう意味では、同じようにしでかして、同じように説教されたっていう共通体験は仲良くなるきっかけになったんだな。俺の小悪魔的自己紹介も役に立つんだな。
「ねぇ、みな実っち~~。な~に、また2人の世界に入ってるのかな~?」
「わひゃい⁉ ちょっと、絵里奈ちゃん。おっぱい触らないでって、いつも言ってるでしょ」
突如、多々良浜さんの背後から金髪ツインテールっ子が湧いて来て、多々良浜さんの豊かな、たわわを下から持ち上げる。
おお……。
これは、いかに中身アラサー紳士の俺もガン見せざるをえない。
流石は、ゲームでは2組の参謀役として登場するキャラだ。
いい仕事してますね。
「だって、みな実っちのおっぱい触ってると気持ちいいんだもん」
「ちょっとダメだって絵里奈ちゃん。男の子は、おっぱい大きい子は苦手だから、橘君が気を悪くして」
「いや、気分がいいが?」
「え?」
「女の子同士のキャッキャウフフで文字通り乳繰り合う様子が眺められるとか、眼福でしかないが?」
俺の邪念の一切ない真実の言葉に、多々良浜さんと絵里奈ちゃんが固まる。
あ、しまった。
つい本音が出ちゃった。
「う……、ぐすっ……」
わ⁉ 泣いちゃった!
「ご、ゴメンね多々良浜さん。変な事言っちゃって。気持ち悪かったよね」
女性の胸についての率直のない感想を述べるとか、こっちの世界でも普通にギルティだったか⁉
元の世界なら、そのまま女子たちから総すかんをくらい、生理的に無理だと無視されて、暗黒の高校生活となってしまう。
「ち、違うんです……。私の胸の事を、そんな正面から肯定してもらえたのが初めてで、嬉しくて……」
「良かったね、みな実っち」
泣きじゃくる多々良浜さんに絵里奈ちゃんがハンカチを渡してあげてヨシヨシ頭を撫でている。
美少女同士の美しい光景である。
あと、俺の発言がキモくて泣いたわけではないようで、一安心だ。
そういや忘れてたけど、この世界だと巨乳はむしろ男受けしないという設定だったな。
だから、巨乳キャラのヒロインちゃんはより、主人公にのめり込むんだった。
ってことは、主人公である晴飛は巨乳好きってことなのかな?
可愛い顔してやりよる。
今度、あいつと一緒にボーイズトークで巨乳談議にでも花を咲かせるか。
「それにしても、橘っちって本当に凄いね。女の子に優しいだけじゃなくて、巨乳の子にも優しいなんて。懐が広いんだね」
ああ、懐の広さには定評があるぞ。
初対面で俺の事を橘っち呼びしてもスルーする程度にはな。
「俺は自分の嗜好をただ述べただけだよ、絵里奈ちゃん」
「えり……⁉ そんな、名前……」
「え? 名前ちがった?」
さっき、多々良浜さんが絵里奈ちゃんって呼んでたし。
絵里奈ちゃんもこちらを橘っちって気さくに呼んでくるから、俺もいいかなって思ったんだが。
「ちが……下の名前で呼ぶなんて、そんな……彼氏彼女でも中々しないし……」
さっきまで、元気印なキャラだったのに途端にしおらしくなる絵里奈ちゃん。
あ~、この子。
さては、自分は他人をからかったりするけど、いざ自分が攻撃されたらヨワヨワパターンの子なんだな。
どれ。
「いや、結局昨日はみんなの自己紹介を聞けなかったからさ。絵里奈ちゃんの苗字を知らないんだよね」
昨日は結局、トップバッターの俺が自己紹介をした所で収拾がつかなくなり、エッちゃん先生がクラスの女子たちに説教するといって終わったのである
「あ、それなら、私の苗字は三戸で……す。三戸絵里奈」
「でも、もう絵里奈ちゃんって呼んじゃったから、今更、苗字呼びするのも他人行儀な気がするし」
「え⁉ そ、それはその……」
「もう絵里奈ちゃん呼びでいい?」
「う……うん」
強引な営業のホストばりに距離を詰めていく俺。
そのオラオラムードに当てられ、コクンッと絵里奈ちゃんが真っ赤な顔をして頷く。
登場当初のサバサバ友人系女子のキャラは剥がれ落ち、そこにはただの雌がいた。
実はゲームでは、1組とのバトルの際には冷徹な作戦を立てる参謀役として登場するのが三戸絵里奈な訳だが、そんな子も俺の甘々男子っぷりにタジタジだな。
ふふふっ、勝った。
「絵里奈ちゃん……何を、どさくさ紛れに橘君から下の名前で呼ばれようとしてるんですか……?」
と、さっきまで泣いていたのに、今は闇墜ちしたように虚ろな雰囲気で、でも目だけはかっぴらいた多々良浜さんが気づいたら横に立っていた。
さっきまでとのギャップがヤバい。
「ち、ちがうんだよ、みな実っち。下の名前は彼が求めてきたからで」
「彼ってなに⁉ 橘君のこと彼氏みたいに言わないでください!」
こうして、俺の挨拶に端を発した諍いはおさまることを知らず、またしても朝のホームルームのために教室に来たエッちゃん先生を朝から怒らせるのであった。
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