第32話 知己くんの前でだけ……ね……
「な、なぁ晴飛。何か、俺らジロジロ見られてない?」
「そりゃ、男の子が学食に来てるからでしょ。知己君は結局、男子の制服姿のままだし。ボクだけ、女の子の制服姿でさ……」
「俺の女装姿じゃ秒でバレちゃうだろが。俺が言ってるのは、なんでそんな晴飛が俺にくっついてるのかって事だよ」
今は学食の注文口の列に並んでいる所なのだが、晴飛が俺の腕に自分の腕を絡めているのだ。
別に晴飛は男だから、豊かな胸が腕に押し付けられてなんて事は無い。
無いんだけどさぁ~。
めっちゃ、いい匂いするんだよね……。
こ、これは晴飛が今は女の子の制服を着てるから、脳がバグっているんだ。
そうに違いない。ないったらない!
「ボクは護衛役って設定だからね。ほら、こうしていれば皆、声をかけてこないよ」
「たしかに、学食に男子生徒が一人で来るのは不自然か……」
「そうだよ」
いや、護衛役にしては晴飛はだいぶ小っちゃいんだから、色々と無理がある気がするんだけど。
まぁ、この場限りだから、何とかなるか。
そう無理やり自分を納得させると、ようやく列が注文口にまで進んだ。
「おばちゃん。今日の日替わり定食何~?」
「ひゃ⁉ 男の子⁉」
衛生のために帽子とマスクをした学食の調理のおばちゃんが、唯一露出した目を見開く。
目元しか見えてないから、逆に驚きが分かりやすいな。
「あの、日替わりは?」
「は、はい! ええと、今日はご飯に味噌汁、サンマの塩焼き、各種小鉢3つと納豆です」
おずおずと調理のおばちゃんが答えつつ、日替わりの料理をトレイの上に並べる。
「おおっ! さすがはハニ学の日替わり。しっかりした和食で栄養バランスも完璧。いつも、生徒の事を考えてくれてるんですね。ありがとうございます」
中身がギリアラサーの俺としては、こういう和食でいいんだよ。
焼き魚に切り干し大根やキュウリの酢の物とか小鉢が充実して500円は安い!
「う……ぐすっ……。この学園の食堂に勤めて20年……。初めて男の子に食べてもらえて、おまけに褒めてもらえた……。この仕事やってて良かった……」
わっ! 泣いちゃった!
ただ、世間話的に感想を述べただけなのに。
ここは同僚の方々に助けを。
「良かったね、良かったね」
「報われたね……私たち……」
って、同僚の調理の方々も肩を抱き合って泣いてるし……。
この様子を見るに、本当に男子生徒は今まで学食を利用してこなかったんだな。
もったいない。
「大人気だね知己くんは」
日替わり定食の精算を済ませてようやく席につくと、隣の席に座った晴飛がからかってくる。
なお、男子生徒の俺がいるせいか、サーッと潮が引くように他の生徒が席を空けて遠巻きにしている。
が、ヒソヒソ話は意外とこちらまで届いていて……。
「あれが例の破天荒男子な1年2組の橘君か」
「学食にまで来てくれて、他学年のお姉さん達の目の保養になってくれてありがたや」
「毎日学校に来てくれるし、女の子との距離も近くてオーケーってマジだったんだ」
「にしても、隣の護衛役の女、くっつき過ぎじゃない?」
「くっそ羨ましい」
うむ、取り敢えず晴飛が男子であることは気づかれていない様子。
「まぁ、男子生徒が来たのは初めてらしいからな。っていうか、よく考えたら俺が結局元の姿のままで来てるんだから、晴飛も元の姿のままでよかったな」
結局、こんなに注目されちゃうなら変装する意味は無かったしな。
「ボクは楽しかったよ。久しぶりにスカート履けたし」
「さっき俺も履いたけど、スカートって股がすーすーして落ち着かな……って、久しぶりにって、晴飛はスカート履いた経験あるの?」
「え⁉ あ、いや……。そう! ボク、子供の頃は防犯上の理由で女の子の格好してたからさ!」
慌てて、晴飛が釈明する。
まぁ、この男女比1:99の世界でならば、おかしな話ではないよな。
貴重な男の子だというだけでも変質者に狙われやすいのに、特に晴飛みたいな可愛らしい顔立ちならば、尚更、親御さんは気をもんだ事だろう。
「なるほどな」
「そ、そうそう」
だが、なんで晴飛はこんなにも狼狽えているのだろう?
そんなに女装が恥ずかしい事だと思っているのだろうか?
「もしかして……」
「う……」
訝し気に見つめる俺の視線を前に、硬直して絶句する晴飛。
うん、間違いない。
「晴飛は女の子の格好するのが好きなんだな。似合ってるし胸張っていいぞ」
「……え?」
呆けたような顔をする晴飛を前に俺は言葉を続ける。
「この世界じゃ、男は必要以上に男であることを求められるけど、たまには息抜きだって必要だろ」
前世では多様性の世の中だったしな。
もちろん、周りの人を不快にするような卑猥な格好はダメだが、晴飛みたいに清楚女子の格好をして、しかもその格好が超絶似合っていて、どこからどう見ても女の子なら、誰に迷惑をかけてる訳でもないし。
女装するのが好きな男が居たっていいじゃないか。
「ほ、本当? じゃ、じゃあ、偶にしてみちゃおう……かな……」
「おう」
うんうん。
誰しも、自分を解き放つ時間が必要だよな。
晴飛みたいに1組の看板を背負い、常に注目を浴びるような立場なら尚更。
「でも、やっぱり恥ずかしいから知己くんの前でだけ……ね……」
「お、おう……」
なぜ、そこで頬を赤らめる⁉
そして、なぜ俺は恥じらう晴飛の顔を見てドキッとしてしまっているのか⁉
いかんいかん。
折角の貞操逆転と男女比1:99の世界なのに、BL展開とか誰得だよ。
「ほ、ほら。さっさと食べないと、折角の日替わり定食が冷めちまうぞ」
「うん」
待ち焦がれた学食での日替わり定食だというのに、俺はドキドキしてしまって、ちっとも味なんて分からなかった。
ゴメン、調理のおばちゃん。
また今度、食べに来ます。
ブックマーク、★評価よろしくお願いします。
励みになっております。




