第31話 可愛いって褒めてくれて嬉しいな
「おう、晴飛」
「あ、知己くん。どうしたの? 男子専用ルームに来るなんて珍しいね」
昼休み。
学生証のパスで部屋の電子ロックを開けて入ると、中には晴飛がいた。
「いや、俺、今ボッチだからさ。男子専用ルームなら安心だからって、昼休みはここに多々良浜さん達に送り込まれてるの」
「ああ、クラス対抗戦が近いんだもんね」
だらしなく男子専用ルームのソファに身体を放り出しつつこぼす俺のボヤキに、晴飛が察したように苦笑する。
クラス入れ替え戦の準備のために、俺以外のクラスメイトは昼休みや放課後は、その準備にのめり込んでいるのである。
そして、俺がその場にいると、スケベな女子高生の性で気になって集中できないから出来るだけ居ないでいてくれるとありがたいとの話。
あれ? みんな、俺を3組に奪われないために頑張ってくれてるんだよね?
と思わずにはいられない。
「まったく……。勝負に本気になるのは若人の特権だけど、だからって俺を放っておきすぎだよな~」
「日頃、自由気ままな知己くんが何言ってるのさ」
俺の半ば冗談まじりな軽口にクスッと晴飛が笑う。
「そういや、晴飛は何で昼休みにこの部屋にいるの? 1組でランチ会してるんじゃないの?」
4月は1組が完全に晴飛を囲ってるからな。
ランチ会は必須な形になって、クラスの女の子たちと親睦を深めていくことになるはずだが。
「ああ、それは……ちょっとね……」
「ん? どした?」
「実は……。クラスの女の子同士がボクを巡ってギスギスしちゃってさ……。それが居た堪れなくて、最近は昼休みになるとこの部屋に逃げてきちゃってるんだ……」
「え、そうなの?」
主人公様がボッチ飯とな⁉
そもそもハニ学というゲームは、ヒロインキャラがくそチョロなのばっかりだし、入学直後の今の時期なんてチュートリアルで特に難易度なんて低いんだが。
一体、何が……。
「情けない話だけど、1組は今、江奈さんと他のクラスの女の子たちとの仲がかなり険悪なんだ。ボクは学級委員になったっていうのに、クラスの事をうまく仕切れずに、江奈さんにばかり負担をかけて……」
「そうだったのか……」
「何かクラスの団結力を深めるようなイベントでもあったらいいんだけど……」
───あ……。これ、完全に俺のせいだわ。
そうだった!
本来、ゲームでは1組と2組のクラス入れ替え戦が勃発し、そのイベントを通して、1組のクラス内の結束はより強固になるのだ。
今の2組のように。
なのに、俺の原作ブレイクな行いのせいで、1組は内部政争に明け暮れる事になってしまった。
なんてこったい!
お助けキャラの俺が事もあろうに主人公である晴飛の邪魔をしてしまっていたなんて……。
「って、ゴメンね。つい知己君に愚痴言っちゃって……。クラス対抗戦を挑まれてる知己くんの方が不安だろうに」
「いや、気にするな……。よし、こういう時は気晴らしだ!」
俺は罪悪感から、逃避的行動を晴飛に提案する。
だって、女子同士の抗争とか解決するの無理だし……。
前世でも、職場の女性同士の派閥争いとか本当に大変そうで、そんな渦中に飛び込まざるを得ない上司が、両派閥から愚痴を聞かされてゲッソリしてたもん。
そんな板挟みな状況に、主人公の晴飛を落としてしまったことについて罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「気晴らしって、どんな?」
「そうだな……」
勢いで気晴らしを提案してみたが、ノープランだ。
今は、俺も晴飛もクラスの女子からの警戒の目があまり向けられていない状況だ。
このレアな状況を活かせる事と言えば……。
あ、そうだ!
「よし晴飛! 明日の昼休みに学食に2人で行こう!」
「え、学食⁉ でも、学食は他クラスや他学年の女子生徒がたくさんいるから近づいちゃいけませんって江奈さんが……」
入学直後に学食に行きたいと言った時に、俺も多々良浜さんから同じことを言われた。
でも、ここの学食はメニューがすごく充実していると評判だし、ゲームでは描かれなかった舞台なので、ゲームファンとしても裏舞台を覗いてみたいとずっと思っていたのだ。
「そこは俺に作戦がある。そのために……コショコショ」
「え……ええ⁉ 本当に⁉」
晴飛に俺の対策案をこっそり耳打ちをすると、晴飛は素っ頓狂な声を上げた。
◇◇◇◆◇◇◇
翌日の昼休み。
「うわ……。橘知己って、つくづく男の身体だよな……。スカート似合わねぇ……」
全身鏡に映ったスカートから覗く、隠し切れぬ発達した肩幅や、ふくらはぎの筋肉群を眺めながら俺はため息をついた。
案外いい線行くんじゃね? とか自惚れてた女子制服に着替える5分前の俺をぶん殴ってやりたい。
いや、別に俺が突如として女装の癖に目覚めた訳ではない。
学食にこっそり出入りする際に、男子生徒だと目立つ。
故に変装をしよう→この学校で最も目立たない格好は?→制服姿の女子生徒
という、実にロジカルなシンキングから導き出された答えに従ったまでなのだ。
まぁ、俺の机上の空論は、今、全身鏡に映っている俺の無様な女装姿によって打ち砕かれたわけだが。
「晴飛~。そっちはどうだ?」
女子制服を脱いで、諦めて元の男子の制服に着替え直した俺は、男子専用ルーム内の更衣室から出ると、同じく更衣室のカーテンの向こうにいる晴飛に声をかけた。
なお、この女子用制服。
依頼すれば何でも手配してくれる男子専用ルームのルームサービスにて、昨日の内に学園側に依頼しておいたのである。
クラスの女子から予備の制服を借りたら、何に使うのか詰問されて、こっそり学食に行こうとしているのがバレちゃうからな。
「うん、今出るよ。でも……笑わないでね……」
「安心しろ。俺より酷い事はあり得ない」
「う、うん……」
控え目な発言と共に、更衣室のカーテンがシャッと音をたてて開かれる。
「ど、どうかな?」
「…………」
しばらくの間、静寂が男子専用ルームに響く。
こ、これは……。
「そ、そんなボクの女の子の制服姿って変?」
何故かショックを受けて涙声な声音の晴飛の言葉に、ハッと我に返る。
「いや……。めちゃくちゃ可愛い女の子が目の前にいて頭がバグった……」
晴飛の小柄な体躯とショタ顔ならば俺よりは女の子の制服が似合うだろうと思っていたが、これは想像以上だ。
ちょっと大きめサイズの甘え袖だった男子のブレザー制服とは違い、晴飛の身体サイズにピタリと合った女の子の制服は、晴飛の小柄で守ってあげたくなるような愛らしさをより惹きたてている。
そして、変装のために被った黒髪セミロングのウィッグと伊達メガネが、より幼さを強調している。
晴飛としては、目立たないように地味な格好をと思っての選択だろうが、結果的に小柄な優等生学級委員長キャラを完全に確立していた。
「あ、ありがと……。可愛いって褒めてくれて嬉しいな……」
そう言って、晴飛がスカートの裾をつかんではにかむ。
その恥ずかしそうな仕草は完全に女の子だった。
カワイイ男の子がスカート履いて恥じらうのって良いと思うの。
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