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第29話 絶対にこじれるファーストコンタクト

「ゴメンね橘っち……。私、ついムキになって人前で、あんな事を……」


「ああ、いや……。気にしてないよ。そんな何回も謝らないでよ三戸さん」


 半泣きの三戸さんに、俺は昼食を食べながら、気にしてないよと笑いかける。


 三戸さんが謝っているのは音楽の授業の時の一悶着についてだ。


 自称クラスの参謀()の三戸さんが、俺の事をエッチな男の子呼ばわりした訳だが、他クラスの女の子たちの何人かが目を回して倒れてしまった。


 その介抱に時間が割かれたために、初回の音楽の授業はほぼ何もできずに終わったので、一番の被害者は音楽の担当教諭かも。


 なお、俺が倒れた内の一人をお姫様抱っこで抱えて保健室へ運ぼうとしたら、『本当にその子の心臓が止まっちゃうから止めて!』と周りに全力で止められた。


「また他所のクラスにファンを増やしたんですね橘君は……」

「校内移動の際の警備をもっと厚くするべきか……」


「何かゴメンね、多々良浜さん久留和さん」


「いえ。芸術科目の選択授業で、他クラスに橘君の良さがバレるのは想定内ですから」

「警備計画だって、事前に策定してたんだぜ」


 おー、その辺は想定内だったんだ。

 でも、三戸さんが俺の事をスケベな男呼ばわりしたのはきっと想定外だったんじゃないかな……。


「それで、今日はクラス入れ替え戦に向けたランチミーティングって訳ね」


 今日は、前に1組と合同ランチ会をした時に使った会議室でクラスの皆でお昼ご飯だ。

 いわば、クラス入れ替え戦前の決起集会みたいなものだ。


「はい。まずはクラス入れ替え戦ですが、知力、体力、お嫁さん力を競う総合的な競技で争われます」


「うんうん、そうだね」


 さて、サラッと流したが、知力、体力を競う競技はおおよその想像がつくだろうが、お嫁さん力を競う競技とは何か?


 これは、ちょっと競技内容が多岐にわたって説明しづらいため、本番の競技を見るのが一番だ。


「知力部門は参謀の絵里奈ちゃん、体力部門は警備隊長の久留和さん、そしてお嫁さん部門は学級委員長である私、多々良浜が部門長を務める事に決まりました」


「って、あれ? 多々良浜さんが知力部門担当じゃないの?」


 多々良浜さんは、入試本番の時に風邪を引いてなければ1組に所属していたのは間違いないという学力だと言っていた。


 そんな1組レベルの学力を持つ多々良浜さんが知力部門に参戦すれば、3組相手なら勝利は手堅いと思われるが。


「橘っちもご存知の通り、お嫁さん部門は総合力が試される。ここは、総合力の高いクラス委員長であるみな実っちが適役だという判断になったんだよ」


 そういう事ね。たしかに、お嫁さん部門はそうだよね

 うんうん。


 あの競技は、ちょっと色々と大変だからね。

 ここでは語りつくせないくらい。


「という訳で、この陣容で3組を迎え撃つことになりました。よろしいですか? 橘君」


 会議室にいるクラスの女子皆が、俺の言葉を待っている。

 その顔には闘志の炎がみなぎっている。


 いい面構えだ。

 戦いに赴く彼女たちに、ただのトロフィーの俺からは激励の言葉しか贈れない。


「うん。信じてるよ、みんな」


 言葉は短い。

 でも、それは信頼しているからこそ。


「っしゃあ! 3組なんて返り討ちじゃぁぁああああ!」

「今後、2組に手出しできないくらいの敗北と屈辱を奴らに!」



 ───こっちの世界の女の子って、可愛いけどカッコいいんだよな。



 彼女たちの荒々しく燃える闘志の炎を浴びながら、俺は久留和さんお手製のタコさんウインナーを口に運びつつ、こういう風に自分を巡って争われるのも悪くないよなと思うのであった。




 ◇◇◇◆◇◇◇




「う~ん……。暇だ」


 放課後。

 クラスの皆は、クラス入れ替え戦に向けた練習があるとかで、俺は一人だった。


『俺が応援団として応援しようか?』


 と申し出たのだが、『気が散って練習に身が入らないから遠慮してください』と、多々良浜さんに断られてしまってシュンとする俺。


 クラス入れ替え戦はクラス全員が何かしらの競技に参加するルールだ。

 そして、各部門の上位3名の点が、クラスの得点としてカウントされるためクラス全体の底上げが必要なのだ。


 クラスの絶対的なエースだけが頑張ればいいという訳ではないのが、本当にこの制度の良くできた所だ。


 という訳で、2組の子たちは漏れなく本気練習中であり、そしてトロフィー役の俺はすることが無いのである。


 さて、どうしようかな?

 またエッちゃん先生でも家に連れ込むか、それとも晴飛と一緒に遊ぶか。


 そんな事を考えつつ、下駄箱のほうへ向かっていると。


「いったい、これはどういう事だ!」


 荒々しい声が聞こえてきて、思わず足を止める。



 ───男の声?



 その声は、明らかに男の声だった。

 なんだろ、トラブルか?


 声のする方の下駄箱の陰からそっと覗き見る。


「落ち着いて虎嶺(とらみね)

「これが落ち着いていられるかよ! こんな屈辱、俺は生まれて初めてだよ!」


 努めて冷静な女子の声に被せるように、男が更に怒りをヒートアップさせている。


 ───って荒崎さんじゃん。


 男を窘めている女の子は、3組学級委員長の荒崎さんだった。


 って事は、今キレ散らかしてる男は……。


「麻衣。お前が3組の学級委員長としてクラスの奴らを手なずけていないから、こういう事になったんじゃないのか!」


 ああ、やっぱり3組の男子生徒か。

 で、今は絶賛、男子生徒が学級委員長の荒崎さんに八つ当たりをしている所なわけだ。


 ん? そういえば、さっき荒崎さんは男子生徒の事を下の名前で呼んでたけど、男の方も麻衣って下の名前で呼んでるな。


 元から知り合いなのか?


「私は学級委員長としてクラスの総意に従っただけ」

「そこを学級委員長のお前がちゃんと誘導しろよ! お前の怠慢のせいで、入学早々にクラスの女子から反旗を翻されて、俺はいい笑いものだ!」


 まぁ、そうだろうな。

 4月から即、他のクラスの男子に目移りされたんじゃ、男のプライドはズタズタだよな。


 ここは、モロに当事者である俺が声をかけると話が余計にややこしくなるな。

 さっさと退散して。


「でもそれは、虎嶺君がろくに登校しないから」

「俺に口答えするのか。女のお前が!」



 痛い所をつかれた形になった3組の男子が、手を振り上げる。

 それに対し、荒崎さんは振り下ろされる平手を無感情な目で見上げる。


「いってぇ!」


 痛打の声を上げたのは、3組男子だった。

 2人の間に割って入って上段受けをした俺の前腕に平手を浴びせ、手首がグキッとなったためだ。


「だ、誰だお前は!」

「ど~も。1年2組の橘知己です」


 誰何(すいか)に対し、俺は端的に自己紹介する。


 ───あーあ……。こりゃ絶対にこじれるファーストコンタクト決めちまったな。


 そんな事を考えながらも、女の子が手を上げられるのを見て見ぬふりなんて選択肢は俺の中に無いので、後悔は無い。


「大丈夫? 荒崎さん」

「だ……大丈夫……です」



 予想外の乱入者に驚いてか、メガネの奥の目は困惑しており、珍しく人間的な反応を見せる荒崎さん。


「うん。そうやって表情を変えてくれる方が俺は好きだな。そっちのが可愛いし」

「な⁉」


 音楽の授業で相対した時からずっと気になっていた。

 荒崎さんは、他の女の子と違って何かを諦めきったような顔をしていたから。


 でも、こういう風に表情を変えられるのなら、俺にも出来ることはある。


 こうやって、お節介を焼いて、冷徹委員長のお澄まし顔を崩してあげたりとかね。


「へ、変な事言わないでください……。私みたいな無愛想な女が……」

「いや、そんな事ないよ。君は」


「おい、お前! 何を俺の麻衣に馴れ馴れしく話しかけてやがる!」


 荒げた声を上げながら、3組の男子が割って入ってくる。


「お前じゃなくて、橘だよ。さっき名乗ったろ、虎嶺くん」

「お前に下の名前で呼ばれる筋合いは無い!」


 そう言いながら、虎嶺くんが痛めていない方の腕を上段に振りかぶる。



 ───だから、モーションデカいって……。



 そう思いながら、俺は振り下ろされる軌道に上段受けを添える。


「イデェッ! 折れたぁ! 今度こそ折れたぁ!」


 そして繰り広げられるさっきと同じく、自分の攻撃の衝撃が跳ね返って腕を押さえながら床に寝転がる虎嶺くん。


 うーむ……。この世界の男って、当たり前だけどケンカ慣れしてないよな。


 この世界の男は、こいつみたいに女の人に手を上げる男も結構いるという設定だが、こうして抵抗される事を想定してないんだろうな~と、床をのたうち回る虎嶺くんを見ながら思っていると。


「そこまでだ2人とも!」


 カオスな現場の空気を一刀両断する声が学校玄関に響く。


「ハニ学生徒会長一色玲奈の名のもとに、1年2組の橘知己くん、同3組の寝室(ねむろ)虎嶺(とらみね)くん。2人には生徒会室まで御同行願おう!」


 白銀の学ランに身を包む一色生徒会長の声には、有無を言わさぬ迫力があった。

さて、1章のメインイベントが動き始めましたよ。


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