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第28話 この人、エッチな男の子なんだ……

「次は音楽の授業か」


 今日から芸術の選択授業の第一回が始まる。


 なお、男子生徒は以前説明があったが、1年間の内に音楽、書道、美術のクラスをローテーションする。


 結局、4月の俺は何の科目になるのかとエッちゃん先生にスマホのメッセージアプリで聞いたら、『音楽』とだけ回答が返ってきた。


 2回も通い妻寸止めプレーを食らったので、エッちゃん先生の心は折れてしまった様子である。


 今度こそ、三度目の正直で埋め合わせしないとな……。


「橘っち、一緒に音楽室行こ」

「おう、三戸さん」


 音楽選択である三戸さんに声をかけられたので、音楽の教本を持ち、一緒に音楽室へ向かう。


「橘っち。音楽の授業の時には、私から離れないでね」


「なんで?」

「飢えた猛獣は何をするか分からないからね……」


 三戸さんが溜息をつきボヤく。


 猛獣?

 俺たちが今向かっているのって音楽室だよな?


 猛々しい雰囲気から、最も遠い場所な気が。


 だが、音楽室の扉を開けた瞬間に、俺は猛獣云々について理解した。



 ───たしかに、俺を見る視線が猛獣のそれだは……。



 芸術科目は、他のクラスとの合同授業だ。

 そこには当然、3組以下の男子生徒がほぼほぼ登校してこないクラスの女の子たちも含まれる。


 故に、共学校なのに男に触れ合えていない彼女たちは、男がいたらガン見してしまうのだ。

 まるで肉食獣の群れに放り込まれた草食動物になった気分だ。


「ジロジロこっち見ないでくださ~い」


 すかさず、横にいる三戸さんが周囲を注意すると、慌てて音楽室にいる女子たちが顔を背けたり俯いたりする。


 だが、すぐに皆、チラッとこちらに横目で視線を向けてくる。

 見られる側になると、こういう視線って、本人にもろバレなのなと思いつつ、俺は音楽室の空いた空間に三戸さんと隣り合って座る。


 音楽は合唱を行ったり楽器を扱ったりするので、机や椅子が無いのだ。


 しかし……。



 ───ガン見やんけ……。


 思わず苦笑してしまうくらいに、周囲の女の子が見てくる。

 さっき三戸さんに注意されたばっかりなのに、さっきよりも更に熱を帯びた視線で。



「あの……橘っち。その座り方は良ろしくないかも」


「ん? 胡坐(あぐら)ってダメ?」


 横に体育すわりで座る三戸さんが小声で俺に伝えてくる。


「男の子の、その……大事な所が強調されちゃうから……」


 そう言って、三戸さんが視線を落とす。


「ああ、なるほど。失敬失敬」


 三戸さんからの指摘を受けて、俺は素直に胡坐から体育すわりに切り替えた。


 たしかに、胡坐で制服のズボンが股間当たりでパツンパツンに張って、色々と強調されちゃうからな。


 この世界じゃ刺激が強すぎるという所か。

 たしかに前世で、女子高生がスカート姿で無防備に胡坐かいてたら見ちゃうわ。


 ん~、たとえ合ってるか?

 巨乳の女の人がタイトな服着てるのを男ならガン見しちゃうの方が適切な例えか?


「橘っちは音楽は好きなの?」


 ここで、三戸さんが話題を意識的に変えてくる。


「おう。歌ったりするのは好きだぞ。一人カラオケも行ったことあるし」


 アラサーにもなると、あんまり行かなくなったけど、時々無性に歌いたいって時や、新曲を習得したい時に気兼ねなく練習したい時に一人カラオケはよく行ったのだ。



「は⁉ 一人カラオケ⁉ 男一人で⁉」


 授業が始まる前の軽い雑談のつもりだったのに、三戸さんが素っ頓狂な声を上げてしまう。


「え、うん。あんまり女の子は一人では行かないか?」

「そうじゃなくて、男の子が一人でカラオケなんて言う密室に居ちゃ危ないでしょ! 何してるの橘っち!」


 あ、そっち?

 まぁ、たしかに前世的にもカラオケというのはエッチなスポットだと聞くけど。(偏見)


「カラオケって、防犯上の理由で、廊下から覗き放題だし施錠も出来ないから、変な女が乱入してきて襲われたりして危ないんだからね!」


「そ、そうなんだ……」


 思った以上に、治安が悪いなこの貞操逆転世界。


 ───でも、音楽室でのこの猛獣みたいな視線が物語るとおり、男との接点を結ぶために、この世界の女の子は我を忘れてしまうんだろうな。今、目の前にいる子みたいに……。



(ジ~~ッ)



 そんな幻聴が聞こえてきそうなくらい、俺の前にしゃがんで見ている子がいる。


 恥かしがるでもなく、またニヤけるでもなく、その女の子は俺の目線から逃げずに至近距離から俺を凝視する。


「あの……」

「お構いなく」


 おや、お構いなくって、こんな至近距離で女の子に凝視されたら気になるよ。


 黒髪ロングに眼鏡という、一見するとまともな学級委員タイプの子だから、よりその行動の異質さが際立って……。


 って、ああ、この子。


「ええと、たしか君は学級委員会議にいた」


 彼女は、先日の学級委員会議で一緒だった子だ。

 だしか、名前は。


荒崎(あらさき)麻衣(まい)。1年3組の学級委員長。以後、よろしく。橘氏」

「はぁ、どうも」


 そうそう、荒崎さんだ。

 って、3組の学級委員長⁉


 という事は……。


「以後よろしく……ねぇ。2組にケンカ売ってる?」


 横にいる三戸さんが、ピキりながら俺と荒崎さんの間に身体をねじ込ませる。


「3組が2組に男子交換の宣戦布告をしている以上、そんなの今更確認するまでもないのでは?」


 対して、無感情に荒崎さんが三戸さんの目を真っすぐと見据える。


「やっぱり、この芸術科目の時間で接触して来たね。参謀の私の読み通り。みな実っちと久留和っちを各芸術科目に分散しといて正解だった」


 そういえば、学級委員の相棒の多々良浜さんと護衛役の久留和さんは音楽じゃなかったんだよな。

 これは意図しての事だったのね。


 っていうか、やっぱり三戸さんはゲームと一緒で参謀役なのね。


「芸術科目が合同クラスで授業をするのは、日頃のクラスの垣根を越えて親交を深めるのが目的」


「こっちだって、多少の交流くらいは許容するよ。でも流石に、これからうちの橘っちを奪い取ろうとケンカ売ってきた3組の生徒さんは別かな~」


 ここで、牽制として三戸さんが俺との交流を3組の人には認めない趣旨の発言をほのめかす。


 この三戸さんの発言に対し、他の関係ないクラスの子たちは色めき立ち、3組の子と思しき子はビクッ!と身体を震わせる。


 共学校なのに、日頃は男子との接点が絶無の彼女たちにとって、この芸術科目は唯一と言っていい男子と触れ合えるかもしれない、か細いチャンスだ。


 その希望の芽すら摘むと仄めかす三戸さんは鬼だな。


「私は正直、橘氏の事をよく知らない。学級委員長としてクラスの子たちの総意に従っただけ」

「ふーん。そんな男に興味のない人が、なんで橘君を目の前で凝視してたのかな? かな?」


「クラスの皆がご執心だから気になった。だが、正直まだ男の良さというのが分からない」


 三戸さんの牽制に動じることなく、淡々と答える荒崎さん。

 その様子はやせ我慢や、演技、ポーカーフェイスの類ではなさそうだ。


 そして、そんな暖簾に腕押しで手ごたえの無い荒崎さんのリアクションに、三戸さんの方が先にこらえきれなくなったようで。


「はぁ⁉ こんな優しくてエッチな男の子なんて他に居ないから! 2組男子の橘っちは最高なんだから!絶対にアンタたちになんて渡さない!」


「いや、三戸さん……。もうちょっと、声抑えて……」


 俺はか細い声で、後ろから三戸さんを止めようとするが、声が小さくて聞こえていない様子で。


 周りの生徒はもちろん、いつの間にか音楽室の中にいた音楽担当の先生も聞いてて赤面してるから。


 ヤメテ……。


 俺を『この人、エッチな男の子なんだ……』って顔で見ないでくれ。


 エッチなことは今の所してないから!


 そう言いたかったが、初回の授業の冒頭で『俺はスケベじゃないんだ!』と宣言する方が、余計にスケベさが増すので、俺は沈黙するしかなかった。

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エッチなこと、してないだけで企んではいますw
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