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第27話 私たち2組は橘君に沼っていますから

『1階です』


 無機質なエレベーターの機械音声が告げるのももどかしく、俺がエレベーターを出ると、そこには多々良浜さんがいた。


「こんばんわ、多々良浜さん」

「こんばんわ橘君」


 普段、クラスメイトとはかわさない夜の挨拶が何だか新鮮だ。


「ふふっ。『こんばんわ』なんて、男の子に言ったの初めてです」


 多々良浜さんも同じような事を考えていたようで、笑みをこぼす。


「ハハハッ、俺も女の子に言ったのは初めてかも」

「じゃあ、初めて同士の交換ですね私たち」


「うん」


 まずは他愛のない話をする俺と多々良浜さんだが、俺の方は、部屋に残してきたメイド姿の担任教師の事を思うと気が気じゃない。


「それで、話というのはですね……」


「あ、お話しするなら、ちょっと夜道の散歩でもしようよ」

「え、でも、橘君の格好はルームウェアですし」


「ちゃんとコートも持ってきたから大丈夫だから! さっ! 行こ行こ!」

「はぁ……」


 何か言いたげな多々良浜さんの表情に気づかないふりをしつつ、俺は多々良浜さんの背中を押してマンションのエントランスホールを後にした。




 ◇◇◇◆◇◇◇




「4月で春だけど、夜はまだ冷えるね」


 幹線道路沿いで、ひっきりなしに流れる車のヘッドライトが後追いする中を歩きながら、多々良浜さんに話しかける。


 しかし、肌寒いのもあるがコートを持ってきたのは二重、三重の意味で正解だった。


 部屋に戻ってコートを取ってきて、それに多々良浜さんが部屋の玄関前までついてきたりしていたら、エッちゃん先生と多々良浜さんが鉢合わせをするリスクがあったし。


 あと、コートのポケットの中にあるスマホでこっそりエッちゃん先生に、上手く多々良浜さんをマンション外へ連れ出した時の合図のワンコールを入れることも出来たしね。


 スマホへの返信は確認できていないけど、エッちゃん先生は無事に逃げられただろうか?


「橘君。今、他の女の人の事を考えてますね?」

「うぇ⁉」


 なんで分かったの⁉ という言葉が喉から出かける寸前で飲み込む。

 とは言え、こんな素っ頓狂な声を上げちゃってる時点で、完全に白状しているようなものだ。


「だって、いつもの橘君なら、絶対に私服姿の私に反応するはずなのに、何も言ってくれないんですもの……初めて見せたのに……」


 不満そうに、プイッと顔を背ける多々良浜さん。


 しまった。

 やっぱり、現世と同じで、男と違って女の子は色々とこちらの事を見通してくるな。


「あんまりジロジロ見ちゃうと悪いかなと思って。多々良浜さんは学校の後にどこかに遊びに行った帰り? すごく私服姿が決まってるし」

「別に遊んでないです。この格好だって、せっかく悩みに悩みぬいてコーディネートしたのに……」


 そう。

 多々良浜さんの私服姿はバッチリ決まっていた。


 モカブラウンのフレアスカートに、Vネックのスプリングニットで、足元はストラップ付のパンプスという出で立ちである。


 どう見ても、『これからデートですか?』という格好なのである。


「ごめんごめん。俺の方は、部屋着だから恥ずかしくてさ」


 一緒に並んで歩いていたらアンバランス過ぎて、明らかに変なカップルである。


「いや、男の子の部屋着なんて普通見れませんから。むしろ、ありがとうございます」


 エッちゃん先生も同じこと言ってたな、それ。


 まぁ、前世的な感覚で男女をひっくり返せば理解はできる。


 普段のビシッと決まった制服姿と違って、湯上りでTシャツにジャージズボン姿で湯上りの髪をシュシュで簡単にまとめられた髪型。


 うん、いい。


「じゃあ、今度夜に遊びに来る時は、多々良浜さんも部屋着姿で来てよ」

「え⁉ 女の部屋着姿なんて見ても楽しくないですよ」


「俺には需要あるの。今日みたいに、おめかししたのじゃなくてガチの部屋着でね。約束だよ」

「そんな……」


「そっちの方が話もしやすいでしょ? 今日みたいに、話しにくい事はさ」

「…………」


 多々良浜さんが、夜分に急に俺の元に訪問して来た直後は、エッちゃん先生を逃がす算段を組んだりしていて考えるのを後回しにしていたが、一緒に夜の街を多々良浜さんと歩いていて、急な訪問の理由に思い至っていた。


 ずばり、多々良浜さんが話をしたいという内容は、クラス入れ替え戦についてだ。

 クラスの男子生徒の交換を要求するあれである。


 なぜ、そう断言できるかと言うと、俺にはゲーム知識があるから。


 入学して間もない序章の最初の山場イベントは、1組と2組のクラス対抗戦であり、時期的にもこれくらいの時期なのだ。


 ゲーム内では、プレイヤーは1組男子の観音崎晴飛な訳だが、クラスの女の子たちにひとしきりワーキャー言われた後に訪れる最初の試練なわけだ。


 同時に、このクラス入れ替え戦により、男である自分がトロフィーとして奪い合いの対象であるという、男女比1:99と貞操逆転での歪な社会での己の立ち位置を改めて認識させられる。


 結構、重要なイベントなのだ。


「言いにくい事だろうけど、俺も覚悟はしてるからさ」


 沈黙してしまった多々良浜さんに対し、俺は優しく語り掛ける。


 多々良浜さんは、1組に対抗戦を仕掛けることを2組男子の俺に報告をしに来たのだ。


 それは、男にとっては屈辱の証だ。

 男同士で比較され、相手の男の方が優れている、求められていると如実に示されるのだ。


 これはキツイ。


 だからこそ、多々良浜さんはその宣告を迅速に、そして電話等ではなく対面で俺に行う事にしたのだろう。


 クラス対抗戦で男子生徒を取り換えようと挑むのだ。

 どうあがいても、クラスの今の男子と女子たちとの軋轢は避けられず、そのまま信頼関係が壊れてしまっても何らおかしくはない。


 まぁ、ゲームでは当の橘知己は自分のクラスの女の子が晴飛にご執心だったのに飄々として、1組男子である晴飛に女の子の攻略情報を流していた訳だが。


 この聖人君子のような行いには、一部ゲームユーザーも大いに感心していた所だが、橘知己の裏事情で、晴飛を護り導く裏ミッションがあったからなんだと思うと得心も行く。


「橘君は気づいていたんですね……」

「うん。多々良浜さんも損な役回りだね」


 辛そうな顔をして俺を見やる多々良浜さん。


 責任を持つ役職者は、こういう時に辛いよな。

 でも俺としては、ゲームで先にネタバレを食らっているのだからどうって事ないし。


「では言いますね」

「うん」


 少しでも多々良浜さんの罪の意識が軽くなるように、俺は微笑んでみせる。


「3組から2組へ男子交換クラス入れ替え戦の果たし状が届きました」

「うんうん……ん?」


 え?

 用件はクラス入れ替え戦で合ってるけど、3組から?


「3組の子たち、まさか4月から権利を行使してくるとは……」


 呻くようにこぼした多々良浜さんが親指の爪を噛む。


「ってことは、あれ? 2組は3組からの挑戦を受けた後に、1組へ挑戦者として挑むの?」


 ゲームでは主人公は1組だから、挑戦してくる2組をただ跳ね返せば良かっただけなんだけど、2組みたいに前後を挟まれたクラスは、自身のクラスが上位クラスに挑むだけでなく、挑戦を受ける立場でもあるわけだ。


 この場合、連戦になるからキツイな。


「1組? 何のことですか橘君。1組とは戦いませんよ」


「へ、そうなの? 今回は1組への挑戦は見送ったって事?」


 あれ?

 新学期早々の2組からの挑戦は、どのルートを選ぼうが共通のイベントだったはずだが……。


 1組に挑む前に、まずは確実に3組からの防衛線を戦おうという算段なのか?


「見送るも何も、クラスで決をとるまでもなく、私たち2組は1組へ挑戦なんてしませんよ。未来永劫」


 当たり前でしょと言いたげな表情で多々良浜さんが断定口調で答える。


「ええ……。な、なんで? 晴飛の方がいいんじゃないの?」


「確かに、観音崎君も魅力的な男の子ですが、それ以上に私たち2組は橘君に沼っていますから」

「え……。そうなの?」


「ああ、なるほど。橘君は、私たちが1組に男子入れ替え戦を申請したと勘違いしたんですね。そんな人間は、2組には1人もいませんよ。ええ、いません」


 俺の様子を得心が、多々良浜さんが妖しく笑った。


 なんかちょっと怖いんだけど……。


「男の子にとって、クラスを変わるかもしれないという危惧はストレスがかかる物だと聞きます。なので、すぐに直接、橘君に伝えにきました。ですが、安心してください。一部抜け駆けしようとした某教師もいたようですが、私たちの団結は確固たるものです。だから、橘君は私たちの雄姿を見守っていてくださいね」


「あはは……。楽しみだな」


 そう言いつつも俺は、ゲームシナリオから大きく外れてしまっていることに冷や汗が止まらなかった。


 あと、エッちゃん先生の事、多々良浜さんにバレてるぅ~。


 これ、今後どうなるんだろ……。

 俺も、本来の主人公である晴飛も。


 夜風で汗が冷えて、少し寒かった。

さて、この章のメインイベントが動き始めましたね。


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― 新着の感想 ―
どんな勝負をするんでしょうねえ。 さすがに、まだ1組から2組への挑戦はないでしょうね。
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