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第23話 うらやま……いえ、なんてはしたない!

 昼休みになるや、クラス内が慌ただしく動きだした。


「お弁当持参組は先発隊としてランチ会の会場整備を。弁当を持ってきてない組は、購買に弁当を取りに行ってから会場に」


「弁当受け取りは、何人かで代表して取りに行くよ。弁当無し組の何人かは私と来て」

「ありがとうございます絵里奈ちゃん」


 多々良浜さんと三戸さんがテキパキと場を仕切る。

 あれ? 俺も学級委員だから、ここは俺が仕切らないといけないのでは?


「多々良浜さん。何か手伝……」


「橘君はこっち。ランチ会の会場までの隊列の最終確認です」


「ええ……」


 多々良浜さんに腕を引っ張られて、フォーメーションの中に組み込まれる俺。

 俺ってお飾り委員長だな……。


 だが、皆が俺のわがままのために動いてくれているのだから、ここは置物に徹していた方が皆のためかと思い直し、大人しくしていることにした。



「今日は私が護衛役だ」

「あ、久留和さん」


 正面の護衛の位置に着いた女番長の久留和さんが、どうやら護衛の中心のようだ。


「この命に変えても、アタシが橘君の事を守るからな」

「アハハ……大袈裟だな……」


 俺、いつの間に久留和さんの忠義ステータス上げなんてしたっけ?


 この世界では、ちょっと女の子と会話しただけで、思った以上の大きな好意を返してくるから驚くんだよね。


 そして、久留和さんの目はマジなんだよな……。

 己の一言で平気で自分の命を投げ出しそうで怖い。


 そんな事を心配しつつ、俺は兎にも角にも昼食会場へ向かった。




 ◇◇◇◆◇◇◇




 俺を護衛する後発組の一団がランチ会会場の多目的教室に着くと、すでに1組御一行は揃っていた。


「まったく……。格上を先に待たせるだなんて、2組さんは社会常識っていうものが無いのかしら」

「仕方がないわよ。何をやらせても万年二番手の人たちは才能の差を努力の物量で覆そうと必死ですから、礼儀作法まで習っている余裕は無いのでしょう」

「才能というものは、本当に残酷よね」


「ああん?」

「ランチ会会場のセッティングを手伝いもしなかったのに、よく言う……」

「1組のお嬢様たちは自分で動けないんでしょ。未だにママかバァバにおんぶにだっこで」


 そして、もはや定番になりつつある1組と2組の子たち同士の対立。


 この対立を少しでも緩和できればというのも、今回のランチ会の隠れた目標だったのだが、先は遠そうである。


「橘君。今日は誘ってくれてありがとう」

「こちらこそ、誘いに乗ってくれてありがとな晴飛」


 バチバチとした女の園の怖い空気の中でも、晴飛はにこやかに笑っている。

 ドロドロした中での清涼剤が男友達っていうのも、なんだかおかしな話である。


「あ、江奈さんもありがとうね。急に俺が1組とランチ会したいなんて言い出して」

「いえ……別にこれくらいは……」


 急遽、動いてくれたであろう1組の学級委員の江奈さんに労いの言葉をかけると、フイッと顔を逸らされてしまう。


 あれ?

 彼女とはそんなに絡みなかったはずだけど、俺何か気に障る事しちゃったかな?


「橘君……私たちは褒めてくれないんですか?」


 あ……。

 悲しそうな顔で多々良浜さん達が、こちらを見てくる。


 つい余所のクラスの人を先に労ってしまったが、これは日本人の良くないところだ。

 ここは、欧米男性がごとく『うちのワイフは最高で』みたいに、身内自慢をしないと。


「俺のわがままを聞いてくれてありがとう。多々良浜さんは学級委員として1組の人と調整してくれてエライぞ」

「えへへっ……」


(ナデナデ)


「三戸さん、皆の分のお弁当取って来てくれて、ありがとう」

「ふへへっ……」


(ナデナデ)


「久留和さんも、ここまでの護衛ありがとね。これからも頼りにしてる」

「ふひっ……」


(ナデナデ)


 とりあえず、近場にいる3人の頭をナデナデしておいた。


「私も私も~」

「私はランチ会場の設営頑張ったよ橘君」

「ナデナデして~」


 途端に、2組の子たちが俺の前にピシッと頭ナデナデ待ちの行列をつくる。

 みんなお弁当は?


「はいはい。皆をナデナデしてたらお昼休みが終わっちゃうから、お弁当の後でゆっくりね」


「「「は~い」」」


 俺が窘めると、2組のクラスメイトたちはやけに大人しく自分たちの席に戻っていった。


 だが……。


「殿方から頭なでなで……」

「うらやま……いえ、なんてはしたない!」

「でも……」


 俺は見た……。

 物欲しそうに見つめる1組の女の子たちを。


 そして……。


『いいでしょ~』


 と、優越感を感じながら席に戻る2組のクラスメイトの子たちの勝ち誇った顔を。


 女の子って、こういう陰でマウントを取り合う所は怖いよな。


「さ、さぁ時間も無いし、いただきます!」


 女たちの水面下での蹴り合いによる微妙な空気を払拭すべ、俺はカラ元気で、いただきますの号令をかけてランチ会は始まった。


「晴飛もお昼は、クラスの子たちからお弁当を分けてもらう感じか」

「そうだね。橘君も?」


「そうそう。つい食べ過ぎちゃうよな。みんなのお弁当美味しいし」

「ふふっ、そうだね。女子のみんなには感謝だね」


 前に男子トイレでも愚痴り合ったが、俺が男あるあるの話題を出して、それに晴飛が同意して笑う。


 間接的に女子たちに感謝を伝えているわけだが、この辺の意図をちゃんとくみ取ってくれる所は、流石は晴飛も主人公である。


「ああ……男の子同士が楽しく会話しながらご飯を召し上がっている所は初めて見ますわ……」

「これが、夢小説でしかお目にかかれない伝説の男の子同士の屈託のない会話……」

「本来なら女人禁制の場でしか繰り広げられない会話を目の前で聞かせていただけるなんて……」

「眼福だわ~」


 取り敢えず、1組と2組の女の子たちの機嫌も良くなり場が落ち着いて安堵する。


 さて、ここからが本題だ。


「で、晴飛はどうなの? もうお嫁さん候補は見つけたの?」


「ぐっ⁉」

「観音崎君、お茶です」


 食べている所に、俺がいきなりキラーパスを出してきたから、晴飛は喉に食べ物を詰まらせる。

 そして、すかさず隣に座る江奈さんがお茶を晴飛に差し出す。


「お、さすがは学級委員。さっそく息ぴったりだね」


 ここぞとばかりに、お節介おばさんを降霊させて江奈さんへアシストする。


 今回、俺が晴飛をランチをしようと思ったのは、これが目的だったのだ。


 どうやら、このハニ学というゲームの本筋を円滑に進めることが、この世界での役割であることを、物騒な秘密部屋から再認識した俺は、主人公様である晴飛には是非ともヒロインとの進展をして欲しい所なのである。


 主に、報告書に『私、橘知己の功績で主人公様が第一夫人となる女性をものにしました』と書くために!


 実績を自己PRするのはリーマンの基本。

 ミスは新聞の訂正記事がごとく目立たず、功績は大本営発表がごとくである。


「も、もうっ! 変なこと言わないでよ橘君! そういうの、ボク苦手なんだから……」


 ちょっと怒ったように抗議してくる晴飛。


 意外だな。

 てっきり、恥ずかしがって適当に誤魔化す程度かと思っていた。


 それはそれで、江奈さんの事を意識させられるのでよしと思っていたのだが。


「ああ、悪い。じゃあ、その辺の話は」


「うん……。男の子2人きりの時でね……」


 …………ん?


 なんで、そこで恥ずかしそうな顔でうつむく? 晴飛。

 男にしては随分と可愛い顔してるからか、こういう所作に、同じ男なのにドキリとさせられてしまう。


 だが、これは好機なのか?


「じゃ、じゃあ今日の放課後、俺の家で遊ぶ……か?」


 当初の想定からは少々外れた展開だが、晴飛と仲良くなっておくのも今回の俺の目的の一つなのだし。


「う……うん……行く……」


 コクンッと晴飛が頷く。

 すると……。



「わきゃあああぁぁあぁああああああ!」

「男の子同士が家で……2人きり⁉」

「何が……何が起きるんです⁉」

「う~ん……ファンタジー……」


「みんなしっかり!」

「無事な者は保健室に患者を!」


 こうして1組2組との合同ランチ会は、大方の予想に反して、大量の早退者を出して幕を閉じた。


 まぁ、ケンカで流血事件とかではなかったから、とりあえずヨシ!

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