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第19話 触りたくてウズウズしてます!

「か、母さんいらっしゃい」


 玄関を開けると、そこにはパンツスーツ姿の中年女性が立っていた。

 スーツがビシッと決まっていて、少し神経質そうな眼光をしている。


「うん。バッグ持って」


「ああ、はい」


 俺は慌てて母さんからバッグを受けとる。


 って、重!


 一見するとただの営業系OLが持ってそうな大き目通勤バッグだが、何が入ってるんだ?

 鍛えてる橘知己の腕力で重く感じるって相当な重量だぞ。


「ふん、部屋は綺麗にしてるのね。ん? 炊事中だったの」


 自由になった手でパンプスを脱ぎ、部屋に上がった母さんは、部屋を一瞥して言った。


「そ、そうなんですよ!」


 流石に短時間では、エッちゃん先生の作りかけの料理を片付ける事はできなかったので、自分が作っていたと誤魔化す。


 しかし、さっきから緊張で心拍が上がって落ち着かない……。


 いや、ゲームでも全く登場しないキャラで予備知識が無いなか、息子という近しい間柄を演じなくてはならないのだから、緊張して当然なのだが。


「それで、母さんは何用で家に?」

「仕事で近くに来たから寄っただけよ」


「そ、そうですか。でも、次に来る時は、出来れば事前に連絡が欲しいな~って思ったり……。ほら、思春期男子的には」


 母さんにジトッと睨めつける目を向けられて、トーンダウンする俺。


 ヤバイ、何か橘知己として不自然な言動でも取ったか!?


「ふーん……。きちんと普通の男子高校生っぽく擬態出来てるのね」


「擬態……?」

「ああ、そういえば」


 そう言って母さんは迷いなく壁に向かう。


 あ! ちょ! そっちはダメ!

 そっちには、玲の秘密の部屋のドアが!



「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って母さん! そっちは!」


 俺が止める間も無く、母さんは手のひらを壁に置く。



 ───あ、終わったわ……。



 プシュ~ッ!と隠し切れぬエアロックが開く音と、秘密の部屋の扉が開き、俺は顔を手で覆い現実逃避する。



「まったく……。父さんの趣味は未だによく分からないわね」


 ため息をつき、驚く様子もなく母さんはズカズカと秘密の部屋へ入っていく。


 え?

 母さん、この部屋の事知ってる感じ?


 あ、そうなの?

 良かった~~。


「銃の手入れは、ちゃんとしてるようね」

「は……はい」


「ああ、これ、父さんから預かった補充の弾薬と新しいライフルね。パーツをばらして持ってきたけど、さすがに狙撃ライフルは重いわね。コンピュータ制御の照準器なんてデカすぎよ」


 いや、そんな……。


 息子に食べさせようと、『重いけど頑張ってタッパーに入れた母さん手作りお惣菜持ってきたわよ』みたいに言ってるけど、持ってきたものが全然ほっこりしねぇから!


「これ評判いいらしいわよ。バレルはCRMOVスチールの冷間ハンマー鍛造で、3000メートル級の狙撃が可能で」


「へ、へぇ……そうなんだ……」


 いや、知らん知らん。


 知らんはずなのに……。


 前世の俺ではない、橘知己としての記憶でばっちりと銃の構造と母さんの話しているポイントを理解できている自分に驚愕する。


 もう、無理。

 なんなんだよ、この状況は⁉


 さっきまで女教師を堕とそうとしてワクワクウフフだったのに落差がひど過ぎるよ……。

 そして、銃談義をしている親子ってなんだよ⁉


 この親子、マジでやべぇ。


「ん? いつもと違ってすぐに触らないのね。いつもは、銃の事になると目の色を変えて触るのに」


「あ……、いや、触りたいよ! 触りたくてウズウズしてます! はい!」


 怪しまれるのを恐れて、俺はバラバラになっている狙撃ライフルのパーツに触る。

 今更だけど、この日本で銃の所持許可を持ってない俺が銃を触ったら、もうこれ犯罪者だよね?


 おっかさん、俺前科者になっちゃったよ………ごめん……。


 って、母さんが銃の運び屋でガッツリ犯罪おかしてるんだった。

 じゃあ、謝らなくていいや。


「流石ね。初見の銃をAK-47みたいに組み立てて」


 AK-47?

 ああ、あのパーツ分解が簡単で整備も楽なロングセラーの名作銃な。


 ……って、なんで俺はそんなミリタリー知識を知っている!?


 そして明らかに、俺の中の橘知己のテンションが上がっている。

 君、ミリタリーが本当に好きなんやな……。


「じゃあ、用事は済んだから帰るわね」


 え、もう?


 と言いかけて、慌てて口を噤む。

 ボロが出る前に、母さんには早く帰って貰うに越したことはないのだが……。


 何というか、親子にしては随分と素っ気ないというか、ドライというか。


「あと、観音崎晴飛様の定期報告、今週の分がまだよ。報告書の提出期限は明日までだけど、出来ているの?」


「え!? あ、はい……。今日の分を追記して、全体の調整をしたら出せ……ます」


 突然、飛び込んできた晴飛の名前と定期報告というワードに動揺するが、咄嗟にかつてのアラサーリーマン時代に培った、上司にそれっぽく進捗している風な報告をする俺。


 ここは、ダメリーマンの俺の真骨頂だ。


「そう。観音崎晴飛様の御身(おんみ)の無事のため、学友として近くにいられる貴方の役割は大きいのだから、きちんと自覚をもちなさい」

「そ、それはもう……」


 御身⁉


 とりあえず頷いておいたけど……。

 え? 主人公の晴飛ってそんな、やんごとなき立場の人なの?


「じゃあ、私は帰るわね」


「は、はい!」


 ピーンッ! と背筋を伸ばして、玄関から出ていく母さんを見送る。


 玄関のドアの隙間から漏れる共用廊下の灯りが、完全にシャットアウトされるまで屹立する。



(バタンッ)



「はぁっ……」


 玄関ドアの閉まる音と同時に、一気に身体中な入っていた力が抜けて、そのまま床にへたり込んでしまう。


 思った以上に身体に力が入っていたようだ。



 俺の中身がアラサーリーマンの別人とすりかわってしまっている事を悟られぬように緊張はしていたが、ここまでではないはずだ。


 母さんと対峙した際に出た汗と緊張は、やはり橘知己君として身体に刻み込まれていた物なのかもしれない。


 橘知己君……もしかして、お母さんの事、苦手だったのかな……。


「って、耽ってるヒマ無い! 早く、晴飛に関する定期報告書? とやらを作らないと! 前の電子ファイルデータはどこだ!?」


 本当は帰宅したらすぐに寝たかったはずなのに、女教師が突然家に来たり、母親が来たりと盛りだくさんのイベントをこなしたのに、俺の夜はこれからが本番のようだ。


 エロい意味ではなくて社畜的に……。


 エナドリって冷蔵庫にあったかな……?

忘れてた仕事が判明した時のキュッとなる感じが主人公を襲う。


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― 新着の感想 ―
暗殺かボディーガードどっちかかなって思ってたけどボディーガードだったか。 俺は晴飛二刀流説を推す
忘れていた仕事を思い出した、という夢を見た時もキュッとなるw 高校生に擬態していても、その実態はこちらでも社畜だったかぁ。
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