表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

エピローグ 夢の森

 春の終わり、やわらかな風が校舎の窓から吹きこんでくる午後。

 授業が終わった放課後、ミミは一人でノートを閉じました。

 高校生活にも慣れ、友だちもでき、笑うことも増えた。

 それでも、ふとした瞬間に胸の奥がきゅっとする。

 そんな日が、ときどきありました。


 その日は、特別に空が澄んでいました。

 放課後の帰り道、ミミは森の方を見て立ち止まりました。

 まだあの道がある。古井戸も、きっと。

 だけど、足はそこへ向かうこともなく、ただ空を見上げて小さくつぶやきました。

「ねえ、ノノ。今日はね、音楽のテストでね……」

 誰もいない風の中へ、言葉がほどけていきます。

 まるで、どこかで誰かが聞いてくれているように。


 その夜。

 ミミは、不思議な夢を見ました。

 見たことのない夜の森。

 けれど、どこか懐かしい匂いがして、風の音も、足音も、すべてが心に馴染んでいくようでした。

 気づくと、目の前に広がっていたのは満月の森。

 銀色の光が葉の先を照らし、木々がやさしく揺れています。

 その中心に、小さな光の粒が舞い上がって、形を結びました。

「……ノノ?」

 ミミの声に応えるように、光はひときわ強く輝き、やがてあの姿が現れました。

 どんぐりの帽子、葉っぱのマント、小さな笑顔。

 まるで昨日の続きのように、そこにノノは立っていました。

「ミミ、久しぶり」

 その声を聞いた瞬間、ミミの目から涙がこぼれました。

「ノノ……! 本当に、ノノなの?」

「うん。夢の中だけど、ぼくはちゃんとここにいる」

 ノノはそっと微笑み、風のように近づいてきました。

 光をまとったその姿は、昔よりも少し大人びて見えました。

「森はどう? 元気?」

「うん。すっかり元気だよ。みんな目を覚まして、季節ごとに歌ってる。古の木もね、今では“春の守り手”になった。ミミがくれた願いが、ちゃんと根を張ったんだ」

 ミミは微笑みながら、でも胸の奥がきゅっと締めつけられるようでした。

「……会いたかった」

「ぼくも」

 ノノは小さくうなずきました。

「でもね、ミミ。もう悲しまないで。森はいつだって、きみとつながってる。風が頬を撫でるとき、木の葉が鳴るとき、それが森の“ありがとう”なんだ」

 ミミはそっと手を伸ばしました。

 けれど、ノノの姿は少しずつ淡い光に戻り始めていました。

「もう行っちゃうの?」

「うん。でも、最後にひとつ、渡したいものがあるんだ」

 ノノは手のひらをひらくと、そこにはひとしずくの光が浮かんでいました。

「これはね、“夢のしずく”。ぼくの記憶のかけら。きみが迷ったとき、この光を思い出せば、森の声が聞こえるよ」

 その光はふわりと浮かび、ミミの胸の中にすっと溶けていきました。

 あたたかくて、懐かしくて、まるで春の風のようなぬくもり。

「ありがとう、ノノ」

 ミミは涙を拭って、笑顔で言いました。

「また、夢の森で会おうね」

 ノノはにっこりと笑って、指先で小さく手を振りました。

 そして、光の粒となって夜空へ昇り、満月のまわりで静かに消えていきました。


 朝。

 ミミは明るい日差しで目を覚ましました。

 カーテンのすき間から春の光が差しこみ、頬にやさしく触れています。

 胸の奥が、ほんのりと温かい。

 ベッドの脇を見ると、そこに金色のスプーンがありました。

 昨日までポケットの中にしまっていたはずなのに、なぜか、そのスプーンの表面に小さな光のしずくがついていました。

「……ノノ」

 ミミはそっと笑いました。

 窓を開けると、森の方から風が吹いてきます。

 その風はまるで、遠い友だちの声のように、やさしくささやきました。


「また会おう、ミミ」


 ミミは空を見上げました。

 その瞳に映る春の青は、どこまでも澄んでいて、ほんの少し、金色の光をたたえていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ