秋の魔法と新しい約束
秋の風が、頬をやさしく撫でていきました。
その冷たさは少しだけ寂しかったけれど、どこか心をすっきりさせるような気配もありました。
夕暮れの空は、金色から橙、そして藍へと少しずつ色を変えていき、木々の葉は赤や黄に染まり、落ち葉がふわふわと地面を覆っていました。
サクッ、サクッと、ミミの足音が森の小道に響きました。
「ノノ、今日はどんな魔法が見られるかな?」
息を弾ませながら駆けていくミミの声に、どこかから風が応えるように葉がざわめきました。
その音に導かれるように、ミミはいつもの秘密の場所へと足を進めました。
大きなクヌギの木の根もと、木漏れ日のかわりに夕暮れの光が差しこむそこに、ノノの姿がありました。
葉っぱのマントが秋の色に染まり、ほのかに光をまとっているように見えました。
「待ってたよ、ミミ。今日の魔法はね、秋の星空の魔法だよ」
ノノはにっこりと笑いました。
「この時期にだけ見られる、特別な星の輝きなんだ」
「特別な星?」
ミミは目を輝かせました。
「どんなふうに輝くの?」
ノノは少し首をかしげてから、息をふわりと吐きました。
その吐息は白く光り、森の空気に溶けていきました。
「それはね、秋の夜長にだけ降り注ぐ“星のかけら”のこと。ひとつひとつは小さな光だけど、たくさん集まると森をやさしく照らす魔法になるんだ」
ミミは思わず空を見上げました。
夕暮れの名残を残した空の端に、もうひとつふたつ、星が瞬きはじめていました。
「見たい! 私もその魔法を感じてみたい!」
ノノはうれしそうに笑い、ミミの手をぎゅっと握りました。
「じゃあ、いっしょに星を探しに行こう」
ふたりは森の奥へと歩き出しました。
足もとで落ち葉がかさかさと鳴り、木の影が風に揺れています。
昼間の賑やかな森とは違い、夜の森はしんと静まり返っていました。
けれど、その静けさの奥には、確かに小さな命の気配が満ちています。
遠くでふくろうが鳴き、どこかの木の枝で、小さな虫が最後の歌をうたっていました。
森全体が、夜の魔法を迎える準備をしているようでした。
「この森の魔法はね、ただ“見る”だけじゃないんだ」
ノノは歩きながら言いました。
「心で感じるものなんだよ」
ミミは立ち止まり、自分の胸に手をあてました。
「心で……感じる魔法?」
「うん」
ノノは小さくうなずき、そっとミミの肩に手を置きました。
「心を静かにして、森と同じ呼吸をしてごらん」
ミミは目を閉じました。
冷たい夜気が頬をなで、葉ずれの音が遠くで響きました。
胸の奥が、ゆっくりと温かくなっていくような気がしました。
「……なんだか、ぽかぽかしてきた」
「それが、魔法のはじまりさ」
ノノがささやくように言った瞬間、頭上の枝のあいだから星がひとつ、瞬きました。
そして、またひとつ。
夜空が深まるにつれ、星たちは次々にその光を解き放ち、空は銀色の川のようになっていきました。
「わあ……」
ミミは思わず息をのみました。
森の上に広がる満天の星。
風が吹くたびに枝が揺れ、葉の隙間から光の粒が降りそそぎました。
それはまるで、森の中に降る“星の雨”のようでした。
そのとき、空からひとすじの流れ星がスッと走りました。
続けて、ふたすじ、みすじ……
まるで星たちが森を祝福しているように、いくつもの光が夜空を渡っていきました。
「ノノ、流れ星にお願い事をすると叶うって、本当?」
ミミがつぶやくと、ノノはやさしく微笑みました。
「ぼくは信じてるよ。心からの願いなら、きっと星が聴いてくれる」
ミミは目を閉じ、静かに願いごとを唱えました。
(ノノと、ずっと一緒にいられますように)
(森がいつまでも元気で、みんなの笑顔を見守ってくれますように)
そのとき、ノノがそっとミミの手を握り返しました。
「ミミ、これからもいっしょに歩いていこうね」
ミミは目を開け、笑顔でうなずきました。
「うん。一緒に」
ふたりのあいだに、あたたかな光が生まれました。
それは小さな星のかけらのようにやさしく揺らめき、秋の夜風とともに森の中をめぐっていきました。
しばらくふたりは何も言わず、ただ星空を見上げていました。
虫の声も風の音も、すべてがやわらかく響いていました。
森全体が呼吸しているような静けさのなかで、ふたりの心は不思議なほど穏やかに重なっていきました。
ノノがふと空を見つめたまま、小さくつぶやきました。
「秋の星たちはね、約束の光なんだ。だから、今夜の魔法は“おわり”じゃなくて、“はじまり”なんだよ」
「はじまり……?」
ミミが問い返すと、ノノはにっこり笑ってうなずきました。
「そう。新しい季節、新しい約束。これからも、ぼくらの魔法は続いていくんだ」
その言葉に、ミミの胸の中があたたかく広がっていきました。
夜空の星たちは、まるでふたりの未来を祝福するように、ひときわ明るく瞬いていました。
その夜、ミミは家に帰ってからも、窓の外の星空をずっと見ていました。
冷たい空気の中に、森の香りがかすかに残っていました。
(ノノ、今日の魔法、とってもきれいだったよ)
心の中でそうつぶやくと、風がふわりと頬を撫でました。
まるでノノが答えてくれたみたいでした。
ミミはそっと微笑み、目を閉じました。
その胸の奥では、今もあの夜の星の光がやさしく瞬いていました。




