変わりゆく森の声
森に、秋の気配がゆっくりと広がりはじめました。
朝の空気は少し冷たく、葉の先には露がきらりと光っていました。
風が通るたびに、木の枝がかすかに鳴り、黄色や赤の葉がひらひらと舞い落ちていきました。
ミミは長ぐつをはいて、落ち葉を踏みしめながら歩いていました。
サクサクと響く音が楽しいはずなのに、今日はなぜか胸の奥が少しだけざわざわしていました。
(なんだか、森の声が前と違う気がする)
いつもの秘密の場所にたどり着くと、ノノがすでに待っていました。
葉っぱのマントが秋の光を受けて、少し茶色がかって見えました。
「ノノ、ねえ……最近、森の声が少し変わった気がするの」
ミミは木の根元に腰を下ろし、空を見上げながら言いました。
「風の音も、小鳥のさえずりも、なんだか静かで……」
ノノはミミの隣に座り、しばらく耳をすませました。
森の奥で、葉のこすれる音がかすかに響いていました。
「うん、ぼくも感じているよ」
とノノは静かに答えました。
「森が……少し、疲れているのかもしれない」
「疲ている?」
ミミは思わずノノを見つめました。
ノノはゆっくりとうなずきました。
「森はね、生きているんだ。木も、花も、風も。ぼくたちが笑ったり、優しい気持ちでいるとき、森は嬉しくて元気になる。でもね……悲しいことや、不安な気持ちがたくさん重なると、森はその声を受け止めて、少しずつ弱ってしまうんだよ」
ミミはその言葉を聞きながら、手のひらで落ち葉をそっとすくい上げました。
ひとつひとつの葉が、まるで森の息づかいのように感じられました。
「じゃあ……私たちにできることはあるの?」
ノノは少し微笑み、秋風に揺れる髪を押さえながら言いました。
「うん。ぼくたちが森を大切に思って、その気持ちをみんなに伝えていくこと。それが、森を元気にする一番の魔法なんだ」
ミミはぎゅっと拳を握りました。
「わかった! 私、もっと森のことをみんなに伝える。この美しい声を、たくさんの人に知ってもらいたい」
ノノはうれしそうに笑い、
「ぼくも手伝うよ。森の秘密を少しずつ教えるから」
と言いました。
それから、ふたりの小さな活動がはじまりました。
ノノは森の中で見つけた珍しい花や薬草のことを話し、ミミはそれをスケッチブックに描いて、色を塗っていきました。
描きながらミミは、葉っぱの一枚、木の影の形、光のすじ。そのすべてに命があるように感じました。
ある日、ミミはお母さんにその絵を見せました。
「まあ、すてきね。まるで森が話しかけてくるみたい」
ミミは少し照れながら、「ほんとに話してるんだよ」と答えました。
やがて、村の広場で「森を守ろう会」という小さな集まりが開かれました。
ミミは勇気を出して、森の絵を並べて発表することにしました。
絵の横には、ノノと一緒に考えたメッセージが添えられていました。
『森は生きている。森は、わたしたちの笑顔を見ている。』
村の人たちは足を止めて、静かにその絵を見つめました。
子どもたちは色とりどりの木々の絵に目を輝かせ、大人たちはミミの言葉に耳を傾けました。
「みんなが森を大切にすれば、森もきっと笑顔を返してくれるんです」
ミミは小さな声で、けれどまっすぐに言いました。
そのそばでノノは、風のようにそっと微笑んでいました。
彼の姿はミミにしか見えませんでした。
けれど、会場の空気は不思議なほどやわらかくなり、木々の葉がざわりと揺れて、まるで森がその場に息づいているようでした。
それから数日後。
ミミは再び秘密の場所に戻りました。
風は涼しく、どこか懐かしい香りがしていました。
耳をすますとあの、森の声が少しずつ戻ってきていました。
小鳥の歌が響き、木々が優しく語りかけるように揺れていました。
「ノノ、聞こえる? 森、笑ってるね」
ミミが言うと、ノノはうれしそうにうなずきました。
「うん、きっとみんなの心が届いたんだよ。森はちゃんと知っている」
ふたりは手を取り合い、満月の光の下でそっと目を閉じました。
ノノが小さな声で言いました。
「ありがとう、ミミ。君が信じてくれたから、森はまた元気を取り戻したんだ」
ミミは首を横に振って、微笑みました。
「ううん。ノノが教えてくれたからだよ」
秋の夜風がふたりを包み、木々がざわめきました。
その音はもう、悲しみではなく、やさしい調べでした。
「これからも、ずっと森を守っていこうね」
ミミの声が静かに夜に溶けていきました。
「うん、一緒にね」
ノノが答えました。
月の光がふたりの手を照らし、森はまた、新しい季節へと静かに息づいていました。




