森のかくれんぼ
次の日曜日の午後。
森の木々は陽の光を浴びてきらきらと輝き、鳥たちは楽しそうにさえずっていました。
空はどこまでも青く澄み、やわらかな風が葉のあいだをくぐり抜けていきます。
ミミは朝から胸がそわそわしていました。
今日はノノと遊ぶ日。
星降る夜に願いをかけてから、ミミの心はずっとあたたかな光で満たされていたのです。
「ノノ、今日は何して遊ぼう?」
森の入り口に立ったミミは、いつものように元気に呼びかけました。
すると、木の陰からひょっこり顔を出したノノが手を振りました。
「今日はね、森のかくれんぼをしよう!」
ミミの目がきらりと光ります。
「いいね! 負けないよ!」
ノノはうれしそうに笑い、
「森の中は広いから、どこに隠れても見つけるのはむずかしいよ」
といたずらっぽく言いました。
まずはノノが鬼。
目を閉じて、木の幹に手を当てながら声を響かせます。
「いーち、にーい、さーん…………じゅう!」
その間に、ミミは急いで森の奥へ走っていきました。
落ち葉がかさかさと音を立て、木の影が地面にまだら模様をつくります。
「どこに隠れよう……?」
ミミは大きな岩の裏をのぞいたり、草の茂みをくぐったりしましたが、どこもすぐ見つかってしまいそう。
ふと足もとを見ると、小さなキノコの群れが輪を描くように並んでいました。
「ここ、いいかも!」
ミミはそっとその輪の中にしゃがみこみました。
まるでキノコたちが守ってくれているみたいに、そこだけ空気がひんやりして心地よく感じました。
「さあ、探しに行くよ!」
ノノの声が森に響きました。
ぱたぱたと軽やかな足音が近づいてきます。
風が葉をゆらし、鳥が羽ばたく音が遠くに消えていきました。
「ミミ、どこにいるのー?」
ノノの声が近くなったり、遠ざかったり。
ミミは胸をドキドキさせながら、息を殺してじっとしていました。
けれど、木の上から落ちた葉っぱが頭にふわりと乗って、
思わず「くすぐったい……」と小さく笑ってしまいました。
すぐにノノが耳をぴくんと動かし、くるりと振り向きます。
「見つけた!」
ノノは笑いながら駆け寄り、ミミをやさしく抱きしめました。
「すぐ見つかっちゃったね!」
ミミも笑顔で、「次はノノの番だよ!」と元気に言いました。
今度はノノが隠れる番です。
ミミは目を閉じ、木の幹に手を当てて数を数えました。
「いーち、にーい、さーん…………じゅう!」
目を開けると、ノノの姿はもうどこにもありません。
森の奥へと続く小径の先に、光がちらちらと揺れているだけ。
ミミは耳をすませました。
風の音、川のせせらぎ、どこかで木の実がころんと転がる音。
「どこだろう?」
慎重に足を運びながら、木の根もとや茂みをのぞいていきます。
すると、ふわりと葉っぱの影から小さな手がちらりと動きました。
「ここだ!」
ミミが叫ぶと、ノノがくすくすと笑って姿を現しました。
「見つかっちゃったかぁ」
ふたりは顔を見合わせて笑い合いました。
そのあとも何度も交代して遊びました。
木の上に隠れたり、落ち葉の下に潜ったり、倒れた丸太の中に入ったり。
森じゅうにふたりの笑い声が響きました。
太陽が少しずつ傾きはじめるころ、ふたりは秘密の場所に戻りました。
芝生の上に寝転ぶと、木の葉の隙間からやわらかな光がこぼれてきます。
「森のかくれんぼ、楽しかったね」
ミミが言いました。
ノノも頷き、
「うん、森にはまだまだ遊べるところがいっぱいあるよ」
と笑いました。
しばらくふたりは空を見上げていました。
雲がゆっくりと流れ、遠くで鳥が家へ帰っていきます。
やがて、ミミが小さくつぶやきました。
「ねえ、ノノ。星の夜の願い、覚えてる?」
ノノは少しだけ目を細めて、空を見上げました。
「もちろん。ぼくの願いは、ミミの笑顔がずっと続くことだよ」
ミミは照れくさそうに笑いました。
「私も……ノノとずっと遊べますようにって願ったんだ」
風が木々を通り抜け、ふたりの髪をやさしく揺らしました。
ノノは何か言いかけて、でも言葉を飲み込みました。
「ねえ、ミミ……もしぼくが森のもっと奥に行かなきゃいけなくなったら、どうする?」
突然の言葉に、ミミはびっくりしてノノの顔を見つめました。
「どういうこと?」
ノノは笑って首を振ります。
「ううん、なんでもない。かくれんぼの話だよ。ぼく、森の奥に隠れても、ミミはきっと見つけてくれるよね?」
ミミは少し不安そうにしながらも、力強くうなずきました。
「もちろん! ノノのこと、絶対に見つける!」
ノノはほっとしたように微笑み、「うん、それなら安心。」とつぶやきました。
夕陽が森の向こうに沈み、空がオレンジから紫に変わっていきます。
ミミとノノは肩を寄せ合いながら、空を見上げました。
「今日も楽しかったね」
「うん。また、すぐに遊ぼう」
その約束の言葉が、風に乗って森の奥へと消えていきました。
けれどミミは、そのときほんの少しだけ、ノノの瞳の奥に、遠い寂しさのような光を見た気がしたのです。
ミミはそれをまだ、うまく言葉にできませんでした。
ただ、そっとノノの手を握り返して、心の中で強く思いました。
(もしノノがどこかに隠れても、私は必ず見つけ出すから)
森のかくれんぼの午後は、やわらかな光の中で静かに終わりを迎えました。
そしてその日、ミミの知らないところで、森の奥の方から、かすかな風のざわめきが聞こえていたのです。




