星降る夜の願い
ノノの村で過ごしたあの夜から、数日がたちました。
けれど、ミミの心の中では、まだあの光景が息づいています。
キノコの下で聞いた長老の声。
星明かりの下で笑っていた小人たちの顔。
そして、ノノの「忘れないでね」という言葉。
それらすべてが、まるで胸の奥で静かに光り続けているようでした。
その晩、月が空いっぱいに輝くころ。
ミミは眠れずに窓辺に立ち、外を見つめていました。
風は静かで、森は銀色に染まり、遠くの木々の影が月明かりにゆれていました。
「ノノ、今も森にいるのかな……」
そう思った瞬間、胸の奥がふっとあたたかくなり、ミミは上着を羽織ると、そっと家を抜け出しました。
足もとには露に濡れた草が光り、夜の森はしんと静まりかえっています。
小道を抜け、秘密の場所にたどり着くと、葉の間からこぼれる月の光が、地面をやさしく照らしていました。
「ノノ……」
ミミが呼びかけると、ふわりと葉っぱのマントが揺れ、そこにノノが姿を現しました。
「遅くなってごめんね、ミミ。今夜は星がたくさん見えて、森じゅうが光ってるよ」
ノノの声は、風のようにやわらかでした。
「うん、本当にきれい」
ミミも空を見上げながら答えました。
ふたりは草の上に並んで座り、言葉もなく、夜空を見つめました。
虫の声がかすかに響き、遠くでは小川がせせらいでいます。
その音たちがまるで、星々の歌のように思えました。
しばらくして、ミミがぽつりとつぶやきました。
「ねえ、ノノ。あの夜の長老の話……もう少し教えて」
ノノは少し考えるように空を仰ぎ、やさしく微笑みました。
「長老が言ってたんだ。星にはね、人の願いをかなえる力があるって。満月の夜に、心から願えば、その想いは星の海に届くんだよ」
「星の海……」
ミミは小さくつぶやきました。
その言葉の響きが胸の中で広がり、どこか懐かしく感じました。
「じゃあ、私もお願いしてみようかな」
ノノはうれしそうにうなずきました。
「一緒にお願いしよう。きっと星も喜ぶよ」
ふたりは手をつなぎ、夜空を見上げました。
無数の星々が瞬き、まるでふたりを見守っているよう。
ミミは目を閉じ、心の奥で静かに願いました。
――ずっとノノと一緒にいられますように。
ノノもまた、ミミの手をそっと握りながら願いました。
――ミミがいつも笑顔でいられますように。
そのとき。
空の高みで、ひとすじの流れ星がすっと光の尾を引いて流れました。
「見て! 流れ星!」
ミミが立ち上がって指さしました。
ノノは目を細め、うなずきました。
「きっと今の星が、願いを運んでくれたんだね」
星は、まるでふたりの言葉にこたえるように、もうひとつ、もうひとつと流れていきました。
その光景を見つめながら、ミミはふとノノの横顔を見ました。
月明かりに照らされたその瞳は、どこか少し、遠くを見ているように思えました。
「ノノ……どうしたの?」
ノノは小さく首をふりました。
「ううん、なんでもないよ。ただね、星がきれいだと、少しだけ切なくなるんだ。」
ミミはノノの言葉の意味をすぐにはわかりませんでした。
けれど、その声がどこか寂しそうで、胸がちくりと痛みました。
「……ノノ」
ノノはすぐに笑って言いました。
「大丈夫。今夜は楽しい夜だよ。願いごともしたし、星もいっぱいだ」
ミミはそっとうなずき、ノノの手をぎゅっと握りました。
「ありがとう、ノノ。私、今日という夜をずっと覚えておくね」
ノノもまた、やさしく笑いました。
「ぼくもだよ、ミミ。ぼくたちの願いは、きっと星に届いた」
夜風がふたりの髪をなで、森の木々がささやくように葉を鳴らしました。
その音はまるで、星たちが祝福の歌をうたっているよう。
ミミとノノは肩を寄せ合いながら、流れる星をいつまでも見つめていました。
星降る夜の森は、ふたりの願いを静かに抱きしめ、いつまでも、いつまでも、やさしく輝き続けていました。




