秘密の村への招待
満月の夜が近づくころ、ミミの胸は毎日わくわくと高鳴っていました。
「もうすぐ……ノノの村に行ける日だ!」
朝の光の中で、ミミは小さな長ぐつを履いて庭を駆け回りました。
おかあさんの台所からは、甘いおやつの香りが漂ってきます。
けれどミミの頭の中はもう、ノノと過ごす夜のことでいっぱいでした。
ようやく満月の夜がやってきました。
「ノノ、今日会えるかな……」
小さくつぶやきながら、ミミは古井戸のある森の入口へと足を向けました。
森に着くと、そこにはすでにノノが待っていました。
緑の葉っぱのマントを風になびかせ、月明かりを受けてきらきら光っています。
「ミミ、待ってたよ!」
ノノがにっこり笑いました。
「今日は、ぼくの村に案内する約束の日だね」
そう言って、ノノは胸のポケットから小さな光る石を取り出しました。
「この石が道しるべだよ。これを持っていれば、森の奥でも迷わず行けるんだ」
ミミは大切そうにその石を受け取りました。
手のひらの上で、やわらかな光が脈打つように瞬きます。
「すごい……あたたかいね」
「森の灯りだからね。きっと君を守ってくれるよ」
ふたりは顔を見合わせて笑いました。
草むらを抜け、夜の小径を進みます。
昼間の森とはまるで別の世界。
木々の影が月明かりにゆれて、虫の声が、遠い星のざわめきのように響いていました。
「ねえノノ、ノノの村って、どんなところ?」
ミミが歩きながら尋ねました。
ノノは少し目を細め、懐かしそうに言いました。
「森の奥の奥にね、小さな川が流れてるんだ。そのほとりに、ぼくたちの村があるんだよ。どんぐりの殻で作った家、木の実のランプ、花びらの屋根もあるんだ」
ミミは想像して胸をふくらませました。
「いいなぁ……まるで絵本の世界みたい」
やがて、ふたりの前に小さな丘が現れました。
その根元には、苔むした丸い扉がひっそりと立っています。
ノノは満月を見上げて言いました。
「ここが入り口だよ。この扉をくぐったら、森のもうひとつの世界が待っている」
ミミはごくりと息をのみ、「ちょっとドキドキするけど、ノノと一緒なら大丈夫!」と笑いました。
ノノはうれしそうにうなずき、
小さな手で扉の取っ手を押しました。
ぎぃ、とやさしい音をたてて、扉が開きます。
その先に広がっていたのは、まるで夢の中のような景色でした。
月明かりが花々の上に降りそそぎ、小さな家々がキノコの笠のように並んでいます。
小川のせせらぎが静かに流れ、水面には金色の星が揺れていました。
「わあ……本当にここがノノの村なの?」
ミミは息をのんで見つめました。
ノノは誇らしげに胸を張りました。
「そう! ようこそ、ぼくたちの世界へ!」
村のあちこちから、小さな灯りがともり、葉っぱの帽子をかぶった小人たちが顔を出します。
「ミミだ!」
「ノノのおともだちだね!」
小人たちは笑顔で駆け寄り、ミミのまわりに集まりました。
「こ、こんにちは!」
ミミは少し恥ずかしそうにあいさつしましたが、みんなが優しく笑い返してくれたので、胸の中があたたかくなりました。
ノノはミミを案内しながら言いました。
「見て、ここがぼくの家だよ。どんぐりの殻で作ったんだ」
ミミは目を丸くして覗き込みました。
中には木の枝でできた小さなテーブル、葉っぱのベッド、花の香りのするランプが灯っています。
「すごい……どの家も、森の一部みたい」
「うん。ぼくたちは森と一緒に生きてるんだ。森が笑えば、ぼくたちも笑う。森が泣けば、ぼくたちも泣く」
その言葉に、ミミは胸の奥がじんとしました。
夜になると、村の広場では宴が開かれました。
大きなキノコの下に灯りがともり、
小人たちが輪になって歌い、笛や太鼓を鳴らしています。
ミミも手を叩いてリズムを取り、ノノと一緒にくるくる回りました。
笑い声と音楽が月明かりに溶けて、まるで森全体が歌っているようでした。
やがて、長老の小人がゆっくりと前に出ました。
長い白いひげをたくわえ、杖の先に光る星のかけらをつけています。
「ようこそ、人の子よ」
長老はやさしく微笑み、空を指さしました。
「星は、この森と村を守る光。その光が消えぬよう、私たちは歌を捧げてきた。今夜は新しい友のために、星に感謝の歌を」
静かに歌が始まりました。
その旋律はどこか懐かしく、胸の奥に染みわたります。
ミミはその場に立ち尽くしながら、自分もこの森の一部になれたような気がしました。
夜が更け、満月がいちばん高く昇ったとき、ノノはそっとミミの手を握りました。
「ミミ。君をここに連れてこられて、本当にうれしい。この夜を、きっと忘れないでね」
ミミはうなずきました。
「もちろん。森の灯りも、歌も、全部覚えておく」
満月の光がふたりを包み、村の屋根や花の露が銀色に輝きます。
風がそよぎ、星たちが瞬く中、ミミとノノはしばらく黙ってその景色を見つめていました。
森の秘密の村で過ごしたこの夜は、ミミの心に深く刻まれる宝物となったのです。




