ノノとミミの秘密の約束
森の午後は、静けさの中に小さな音が満ちていました。
風が葉を揺らし、小鳥の声が遠くからこだましています。
光は木漏れ日となって、やわらかく地面に落ち、その上を蝶が一匹、ふわりと横切りました。
ミミは丘の上、ふたりの秘密の場所で、草の上に座りながら空を見上げていました。
「今日は、どんな話をしようかな……」
小さな声でつぶやくと、風が答えるように頬をなでました。
しばらくして、森の奥から小さな足音が聞こえました。
葉っぱのマントをひらひらと揺らしながら、ノノが走ってきます。
「ミミ! ごめんね、ちょっと遅れちゃった!」
息を切らしながら笑うノノに、ミミはにっこり微笑みました。
「大丈夫。私も、いま来たところだよ」
ふたりはいつものように並んで腰を下ろしました。
木の香り、風の音、鳥たちの歌。
森がそっと見守るように、穏やかな時間が流れます。
少しして、ノノが口を開きました。
「ねえ、ミミ。今日はね……大事な話があるんだ」
その声はいつもより静かで、少しだけ真剣でした。
ミミは驚きながらも、「うん、聞かせて」と身を乗り出しました。
ノノは少しのあいだ黙って空を見上げ、それから言いました。
「ぼくたち、これからもずっと友だちでいようね。たとえ離れても、森が変わっても、どんな時でも」
ミミの胸の奥が、じんわりと熱くなりました。
「うん。私も、ノノのこと、ずっと大切な友だちだよ」
ノノは安心したように微笑み、
葉っぱのかげから、小さな金色のスプーンを取り出しました。
「これは、“ひとさじの魔法”の証だよ。星の願いをすくったスプーンなんだ。これを持っていれば、たとえ遠くにいても、僕たちの絆を感じられるんだよ」
ミミは両手でそれを受け取りました。
夕陽を受けて、スプーンはほのかに光り、その輝きがミミの指先をやさしく包みました。
「ありがとう、ノノ。大切にするね。これがあれば、どんな時でもノノを思い出せる」
ノノは照れくさそうに笑い、草の上に寝転びました。
「よかった。森の守り人たちも、きっと喜んでる」
それからふたりは森の中をゆっくり歩きながら、いろんな話をしました。
好きな花のこと、夜の星座のこと、森の中の不思議な生きものたち。
ミミが学校で習った歌を口ずさむと、ノノも葉っぱの笛でそれに合わせて吹きました。
「ねえノノ、いつか森の奥の“ノノの村”にも行ってみたいな」
ミミが言うと、ノノの目がぱっと輝きました。
「ほんとうに? いつかきっと案内するよ。でもね、そのためには、もう少し森の魔法を学ばなくちゃ」
ミミはうれしそうにうなずきました。
「じゃあ、ノノが先生だね!」
ふたりの笑い声が木々の間に広がり、風にのってどこまでも届いていきました。
やがて、夕暮れの光が森を金色に染めはじめました。
葉の影が長く伸び、空には薄桃色の雲が流れています。
秘密の丘に戻ると、ノノがふと立ち止まりました。
「ミミ。次にここで会うのは、満月の夜にしよう。月がいちばん高く昇る時、森の魔法が強くなるんだ」
「満月の夜……うん、楽しみ!」
ミミは笑顔でうなずきました。
ノノは少し照れくさそうに笑いながら、「その時、きっと大事なことを伝えるから」と言いました。
ミミは首をかしげましたが、それ以上は聞きませんでした。
森の風がふたりの間を通り抜け、花びらがひとひら、ミミの髪に落ちました。
帰り道、ミミは金色のスプーンを胸に抱きながら歩きました。
光の粒が揺れるように、森の木々がざわめいています。
「どんな時もノノとつながっている」
ミミは心の中でそっとつぶやきました。
家に帰ると、お母さんがやさしく迎えてくれました。
けれどミミの心はまだ、森の光の中にありました。
その夜、ベッドに入ったミミは、窓から見える星空を見上げながら微笑みました。
星たちはいつもより明るく瞬き、まるでふたりの約束を見守っているかのようでした。
ミミは目を閉じ、金色のスプーンをそっと胸の上に置きました。
そして小さな声でつぶやきました。
「ノノ、また満月の夜にね」
風がやさしくカーテンを揺らし、森の香りが部屋の中へと静かに流れ込みました。
ミミの夢には、月明かりの森と、笑うノノの姿がそっと浮かんでいました。




