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ミミの秘密の場所

 春の朝。

 森の葉の上には、夜露がきらりと光っていました。

 小鳥たちのさえずりがどこからともなく聞こえ、やさしい風がミミの髪をくすぐります。


「今日は、ノノに内緒で新しい場所を探してみようかな」

 胸の奥が少しくすぐったくなるような気持ちで、ミミはいつもの小道を外れて歩きはじめました。

 森の奥へ行くにつれて、足元の草は背を高くし、木々の間から差し込む光が斑に揺れています。

「どんなところが見つかるかな」

 ミミは鼻歌をうたいながら、まるで冒険に出たように歩き続けました。


 やがて、木々の間からやわらかな丘が見えてきました。

 その丘は森の中でも少しだけ高く、小さな花々が一面に咲き誇っています。

 黄色、白、薄桃色……まるで春の風がそのまま形になったような色たち。

 ミミは思わず足を止め、両手を広げて深呼吸しました。

「わあ……ここ、すごくいい匂い」

 草と花の香りが混ざり合い、心の中までふわっと明るくなるようです。

 ミミはそっと草の上に腰を下ろしました。

 鳥のさえずり、小川のせせらぎ、木々のざわめき。どれも優しく耳に届きます。

「こんないい場所のこと、今まで気づかなかったなんて」

 すると、不意に背後から声が聞こえました。

「こんにちは、ミミ」

 びっくりして振り向くと、そこにノノが立っていました。

 葉っぱのマントが光を受けて、きらきらと揺れています。

「ノノ! どうしてここに?」

 ミミが目を丸くすると、ノノはいたずらっぽく笑いました。

「ここはね、ぼくの“秘密の場所”なんだ。森の中でいちばん静かで、風がやさしい場所」

 ミミは驚きと嬉しさで胸が高鳴りました。

「ノノもここに来てたんだ! 私、今日ここを見つけたの!」

「ふふ、森がきっと君をここまで導いたんだね」

 ノノは笑いながら花の間に座り、指先でクローバーをくるくると回しました。

「ここはね、ぼくたち小さな者にとって特別な場所なんだ」

 ノノの声が少しだけやわらかくなりました。

「悲しいことがあったとき、寂しくなったとき、ここに来て風に触れるとね、不思議と心が落ち着くんだ。森が“だいじょうぶだよ”って言ってくれる気がするの」

 ミミは静かに頷きました。

 心の奥に、何かあたたかいものが灯るようでした。

「ミミも、ここに来ていいよ。いつでも」

 ノノは小さな花びらを摘んで、ミミの手のひらにそっと乗せました。

「この花は“風のしるし”。ここに来た人のことを森が覚えていてくれるんだ」

 ミミは目を輝かせて微笑みました。

「ありがとう、ノノ。私、この場所を大切にするね」


 しばらくふたりは、何も話さず草の上に寝転びました。

 木の葉のすき間から差し込む光が、まるで金色の雨のように降り注ぎます。

 遠くでは小川がきらめき、蝶が静かに舞い降りてきました。

 風が花びらを揺らし、ミミの髪の上に一枚落ちてきます。

「ねえ、ノノ」

 ミミがそっとつぶやきました。

「ノノは、この場所でどんなことを考えているの?」

 ノノはしばらく黙って空を見上げていました。

 そして、小さな声で答えました。

「未来のこと。森のこと。……それから、ミミのこと」

 ミミは頬がほんのり熱くなり、思わず笑ってしまいました。

「ミミのこと?」

 ノノはにっこり笑いました。

「うん。ミミはぼくにとって特別な友だちだから。君が笑ってくれると、森も一緒にうれしそうに揺れるんだよ」

 その言葉を聞いて、ミミの胸はぽかぽかと温かくなりました。

 風がふわりと吹き抜け、花びらが二人のまわりで舞い踊ります。


 その日から、ミミはここを「自分の秘密の場所」と呼ぶようになりました。

 学校で少し疲れた日や、考えごとをしたい日には、この丘に来て草の上に寝転び、空を見上げます。

 時々、ノノもそっと現れて、二人で風の音を聞きました。

 話をしない日もあれば、森の話や夢の話をする日もあります。

 言葉がなくても、そこに流れる時間はやさしくて、ミミの心を包み込むようでした。


 ある日、丘の上でノノが小さく言いました。

「ミミ、この場所はね、君の心の中にもあるんだよ」

「心の中に?」

「うん。悲しいときも、つらいときも、君が目を閉じれば、きっとこの風が吹いてくる。それが、“本当の秘密の場所”なんだ」

 ミミはそっと胸に手を当てました。

 そして微笑みながら言いました。

「うん、わかった。私の心にも、この丘がある」

 ノノはうれしそうに頷きました。

「それなら、もう君はひとりぼっちじゃないよ」


 その日の夕方、ミミは丘をあとにしました。

 振り返ると、ノノの姿はもう見えませんでしたが、風がやさしく頬をなでていきました。

 まるでノノが「またここで会おうね」と言ってくれているようでした。

 ミミは笑顔で手を振りました。

「うん、また来るね。私の大切な場所で」

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