ノノと星の秘密
その夜。
ミミはベッドの上で、眠ることも忘れて窓の外を見つめていました。
夜空いっぱいに広がる星たちは、まるで無数の宝石のように瞬き、その光が静かに語りかけてくるようでした。
「どうして、こんなにたくさんの星が輝いてるんだろう……」
ミミは小さくつぶやきました。
「ノノなら、きっと星の秘密を知ってるかもしれない」
胸の奥がふわっと温かくなって、眠れぬまま夜が更けていきました。
翌日の午後、空はやさしい水色に晴れわたり、春の風が森の方へ吹き抜けていました。
ミミは早くに家を出て、お気に入りの長ぐつを履き、かばんを抱えて古井戸へと駆けました。
いつものように、ノノはそこにいました。
葉っぱのマントをひらりと揺らし、陽だまりの中で笑っています。
「ミミ、来てくれてありがとう!」
ノノは手を振りながら言いました。
「今日はね、星の秘密を教えてあげようと思ってたんだ」
ミミは目を輝かせました。
「星の秘密? やっぱりノノ、知ってたんだ!」
ノノはいたずらっぽく笑い、
「うん。でもね、この話はただの星のお話じゃないよ。森の魔法と深くつながってるんだ」
と、少し声をひそめました。
ふたりは森の小道を歩きながら、陽の光の中を抜けていきました。
木漏れ日が地面を照らし、鳥たちが音符のように飛び回っています。
やがてノノは、草の上に腰を下ろして空を見上げました。
ミミも隣に座り、風にそよぐ枝の音に耳を傾けます。
ノノが静かに口を開きました。
「ミミ、星ってね、ただの光じゃないんだよ。夜空に輝く星の一つひとつには、昔の森の守り人たちの“願い”が宿っているんだ」
ミミは驚いてノノを見つめました。
「願い……?」
「そう。ずっと昔、森に大きな危機が訪れたときがあったんだ。そのとき、森の仲間たちが“どうかこの森が無事でありますように”と強く願った。その思いが空へと昇って、星になったんだ」
ミミは胸の奥がじんわりとあたたかくなっていきました。
「じゃあ、星は森を守る光なんだね……」
ノノはうなずき、懐から小さな金色のスプーンを取り出しました。
それは淡い光を放ち、まるで夜空のかけらのように美しく輝いています。
「これが“ひとさじの魔法”だよ。」
「ひとさじの魔法?」
「うん。星に願いを届けることができる、特別なスプーンなんだ。ぼくたち森の民が、ずっと大切に受け継いできたものなんだよ」
ミミは息をのんでスプーンを見つめました。
「そんなことができるの?」
ノノはにっこり微笑みました。
「信じていればね。星はいつだって、願いの光を見つけてくれるんだ」
夕方になると、ふたりは森の奥の高台へと向かいました。
そこは、森の木々のてっぺんよりも高く、空がいちばん近くに見える場所。
風がそよぎ、森の葉がざわめきながら金色に染まっていきます。
ミミは思わず息をのみました。
「ここ、まるで空の中にいるみたい……」
ノノは微笑んで言いました。
「この場所は“星見の丘”。昔、守り人たちが星と語り合った場所なんだ」
夜が訪れると、空は濃い藍色に変わり、星々が次々と瞬きはじめました。
森のざわめきが静まり、世界が呼吸をひそめるように感じられます。
ノノは金色のスプーンをそっと空へかざしました。
「さあ、ミミ。目を閉じて、願いごとをしてごらん」
ミミは胸の前で手を合わせ、そっと目を閉じました。
そして心の中で、静かに祈ります。
ーーどうか、みんなが笑顔でいられますように。
ノノがスプーンをひとすくい、空へと向けて放ちました。
金色の光がキラキラと弧を描き、星空の中へ吸い込まれていきます。
その瞬間、夜空の星たちがいっそう明るく輝き出しました。
まるでミミの願いに応えるように、やさしく瞬いているのです。
「ミミ、空を見てごらん」
ミミは目を開け、胸がいっぱいになってノノを見つめました。
「ノノ……いま、星が笑ったみたい」
ノノはうなずき、静かに言いました。
「きっと、星たちはミミの願いを聞いて喜んでるんだ。だって、その願いは“自分のためじゃなく、みんなのため”だったからね」
ミミは涙をこらえながら微笑みました。
「星も森も、人も……みんなつながっているんだね」
ノノはやさしく頷きました。
「そう。森も星も、同じ魔法でできている。思いやりの光が、世界を照らしているんだよ」
夜が深まり、ふたりは星の下でしばらく語り合いました。
森の精霊たちが光の粒になって漂い、ふわりと風に乗って空へ昇っていきます。
ミミはその光を見つめながら、静かに言いました。
「ねえノノ。私、星を見るたびに今日のことを思い出すと思う」
ノノはにっこり笑って言いました。
「そのときは、星の中からぼくが手を振るよ」
ミミは笑いながらうなずき、ふたりの笑い声が夜風に溶けていきました。
家へ帰るころには、森は銀色の月光に包まれていました。
ミミは窓辺に座り、空を見上げて小さくつぶやきました。
「ノノ、ありがとう。星のひかり、ちゃんと届いてたよ」
その夜、夢の中でミミは星の海を旅しました。
星々はやさしく瞬きながら、ミミの願いを抱きしめ、「大丈夫、あなたの光は消えないよ」とささやくのでした。




