森の小道と月のかけら
それから何日か、ミミは毎日、空と風のようすをじっと見つめるようになりました。
雨があがって風がやんだ日は、学校から帰るとランドセルをおろして、すぐに長ぐつをはいてお庭に出ます。
ノノに会えるかもしれない。
そう思うと、胸がそわそわして落ち着かないのです。
でも、魔法の時間は、そうたびたびやって来るものではありません。
その週はずっと風が強くて、木々がざわざわと騒がしく、森は静かに眠っているようでした。
ミミはちょっぴりさみしくなって、おばあちゃんの写真に向かって小さくつぶやきました。
「ほんとに……あれは夢じゃなかったんだよね?」
けれど数日後の午後。
学校から帰ったミミがふと空を見上げると、ちょうど雲がほどけて、やわらかな光が射しこんでいました。
風もなく、空気はしっとりとしていて、葉っぱの先からぽたん、としずくが落ちています。
これは、あの日と同じ空気。
ミミは静かにうなずくと、森へ向かいました。
井戸の前に立って目を閉じると、木々の間から小さな声が聞こえてきます。
「おかえり」
目を開けると、そこにはノノが立っていました。
どんぐりの帽子も、緑のマントも、前と同じ。けれど今日は、腰に小さな袋をさげていて、そこからなにやら光るものがのぞいています。
「それ、なあに?」
ミミがたずねると、ノノは得意げに袋の口を広げました。
「これ? “月のかけら”さ。昨夜の嵐のとき、森の木の上に引っかかってたんだ。すぐに消えちゃうけど、しばらくは光ってるんだよ」
袋の中には、まるでビー玉を砕いたような、透きとおった銀色のかけらがいくつも入っていました。
それはほんとうに、夜空のどこかがこぼれ落ちたように、ひんやりと輝いています。
「ノノの村に行く前に、ちょっと寄り道しよう。今日は、特別な道が開いてるんだ」
ミミは胸が高鳴りました。
ノノは森の奥へとすいすい進んでいきます。
ミミはそのあとをついて行きました。
ふしぎなことに、前はただの茂みだった場所が、今日はすうっと開いて、小さなトンネルのような道が現れたのです。
「これは“ひかりの小道”。月のかけらが落ちた翌日だけ、森がひとときだけ開くんだ」
トンネルの中は、葉っぱと木の枝でできた屋根に覆われ、すきまから光が差しこんでいました。
その光は水の中のようにゆらめき、歩くたびに足もとで葉の影がきらきらと揺れます。
ミミはノノのあとを静かに歩きながら、森がいつもよりずっと大きく感じられることに気づきました。
一枚の葉っぱにも意味があり、土の香りの奥には言葉がかくれているような、不思議な気配がありました。
ときおり、小さな虫たちが光の粒のように飛びかい、まるで森そのものが息をしているようです。
「ねえ、ノノ。森って、生きてるの?」
ミミがたずねると、ノノは振り返って、少し笑いました。
「もちろんさ。森はね、ぼくたち小人よりずっと大きな命なんだ。ぼくたちはその中でちょこちょこ動いてるだけ」
ミミはその言葉を胸の中でくりかえしました。
森の音、木の影、風のにおい。
すべてがひとつの生きものみたいに感じられました。
やがてふたりは、木の根もとのくぼみに着きました。
そこには小さな木のテーブルと、どんぐりの器が並べられていて、まるで誰かがここでお茶を飲んでいたような跡が残っています。
「ここは“待ちあい場”。ぼくの村の入り口は、もっとずっと奥だけど、今日はここまで」
ノノはそう言うと、袋から月のかけらをひとつ取り出し、ミミの手のひらにそっとのせました。
「これはきみの分。これがあると、次のとき道がまた開くかもしれない」
ミミはドキドキしながら、それを見つめました。
冷たくて、でもやさしく光っている、不思議なかけら。
「ありがとう……!」
ふと空を見ると、夕方の光が木々の上に差しこみはじめていました。
木の葉が金色に透け、森がゆっくり夜の色に染まっていきます。
「じゃあ、また……次の“とくべつな日”に」
ノノはにっこり笑って、葉っぱの影にするりと消えました。
ミミはしばらくその場所に立ちつくし、手の中の月のかけらを、ぎゅっと握りしめました。
その夜。
ミミは月のかけらを、机の引き出しのいちばん奥にしまいました。
ふたを閉めても、かけらの光はほのかに漏れ、部屋の中に小さな月のような明かりを落としていました。
ミミはその光を見ながら、そっとまぶたを閉じました。
(次に道が開くのは、いつだろう)
そんなことを思いながら、やさしい夢の中へ落ちていきました。




