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森の小さな音楽会

 春のやわらかな陽射しが差しこむ午後。

 ミミは胸の奥がそわそわして、落ち着きませんでした。

 昨日の夜、ペンダントを握りしめながら「森の声が聞こえる」とつぶやいたあの瞬間から、森が少し近くに感じられるようになったのです。


「今日は、なんだか特別な日になる気がする」

 そう思いながら、ミミはお気に入りの帽子をかぶって、古井戸のそばへ向かいました。

 井戸の前には、いつものようにノノが立っていました。

 葉っぱのマントをきらりと揺らし、春の光の中で笑顔を浮かべています。

「やあ、ミミ! 来てくれてよかった!」

「ノノ、どうしたの? なんだか今日はうれしそう」

 ノノは両手を広げて、目を輝かせました。

「今日は森の“特別な日”なんだ。春の訪れを祝う、小さな音楽会が開かれるんだよ!」

「音楽会! 森の中で?」

 ミミは思わず声を弾ませました。

 ノノはうれしそうにうなずき、ミミの手を取って歩きだします。

「毎年、春の風がいちばん優しくなる日にね、森のみんなが集まって演奏するんだ。動物も、精霊も、花の妖精たちも。みんなで音を合わせるんだ」

 ふたりは木々の間を抜けて歩きました。

 足元では小さな花が風に揺れ、鳥たちのさえずりが重なり合って響きます。

 やがて、木々の間がぱっと開け、光の降り注ぐ広場にたどりつきました。


 そこでは、森の仲間たちがすでに集まっていました。

 小枝のバイオリンを奏でるリス。

 葉っぱの笛を優しく吹くウサギたち。

 木の実を叩いてリズムを刻むカエルの兄弟。

 そして、花びらの上で歌う光の精たち。

「わあ……!」

 ミミは息をのんで立ち尽くしました。

 どこを見ても、笑顔と音があふれています。

 ノノがにっこりして言いました。

「音楽はね、森の魔法なんだ。言葉がいらなくても、心が通じるんだよ」

 そのとき、ふわりと風が吹き抜け、ミミの髪のまわりに小さな光の粒が舞いはじめました。

 それは、まるで星のかけらのようにきらめき、森の音に合わせてゆっくりと踊っています。

「ノノ……これ、森の精霊?」

「うん。森の音楽が始まると、精霊たちは目を覚ますんだ。ほら、彼らも演奏してるよ」

 見ると、光の粒の中には小さな羽を持った精霊がいて、露のしずくを指で弾きながら、きらきらとした音を奏でていました。

 ミミの胸がときめきでいっぱいになります。

 ノノは少し得意げに笑って、ミミの手に何かを乗せました。

 それは、薄い葉っぱで作られた笛でした。

「さあ、ミミも吹いてみよう。これは森の守り人だけが使える“風の笛”だよ」

 ミミは驚いて笛を見つめました。

 昨日ノノにもらったペンダントと同じ葉脈の模様が刻まれています。

「これ……私に?」

「もちろん。森は、もうミミのことを仲間として迎えてるからね」

 ミミは胸がいっぱいになりながら、ゆっくり笛を唇に当てました。


 最初は息の音しか出ませんでしたが、ノノが隣で「肩の力を抜いて」と優しくささやきました。

 次の瞬間。

 ひと筋のやさしい音が、森の空気に溶けていきました。

 それは、風と光と香りが混じり合ったような、不思議な音色でした。

 リスがそれに合わせて弦を震わせ、ウサギたちが笛の音を重ね、カエルの太鼓がぽこぽこと響きました。

 森全体が一つの大きな楽器になったようでした。

 ミミは演奏しながら、ふとノノに尋ねました。

「ねえ、どうして森のみんなは、こんなに仲良しなの?」

 ノノは少し目を細めて、ミミの髪を風になびかせながら答えました。

「森はね、みんなの家だからだよ。木も、水も、動物も、風も……ひとりじゃ生きられない。だから助け合って、音を合わせて、生きてるんだ」

「音を合わせて……」

 ミミは小さくつぶやきました。

「人間も、そんなふうに生きられたらいいのにね」

 ノノは笑って、笛をもう一度吹きました。

「きっとできるよ。ミミがそう願えば」

 日が傾き、森がオレンジ色に染まりはじめました。

 音楽会の最後に、森じゅうが静まり返り、光の精たちが空へ舞い上がっていきます。

 ミミは胸の中で、そっと願いました。

(この森が、ずっと笑顔で満たされていますように)

 ノノが隣でやさしくささやきました。

「ミミの音、森がちゃんと覚えてるよ」

 ふたりは手をつなぎ、帰り道を歩きながら、「来年もいっしょに吹こうね」と約束を交わしました。


 夜。

 ベッドの上で、ミミはペンダントと笛を並べて置きました。

 窓の外からは、森の遠い音がかすかに聞こえてきます。

「森の音楽、まだ続いてるんだね……」

 ミミは目を閉じました。

 笛の音、ノノの笑顔、光る精霊たち。

 そのすべてが夢の中へと溶けていき、春の風が、そっと彼女の頬をなでていきました。

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