ノノのひみつのレッスン
朝の光がカーテンのすき間から差しこみ、ミミのまぶたをやさしく照らしました。
まどろみの中で、昨日のおつかいのことがふとよみがえります。
薬草屋のおばあさんの笑顔、森の香り、そしてノノの励ましの声。
(もっと森のことを知りたい)
ミミの胸の奥で、そんな気持ちが芽をふくらませていました。
「ノノに、森の魔法のことを教えてもらおう」
そうつぶやきながら、ミミはカーテンを開けました。
外は雲ひとつない青空。風が木々を揺らし、まるで森がミミを呼んでいるようでした。
午後。
古井戸のそばには、いつものようにノノがいました。
葉っぱのマントをひらりと揺らしながら、彼はミミに手を振ります。
「やあ、ミミ! 今日もいい天気だね」
ミミは少し照れくさそうに笑いました。
「ノノ、お願いがあるの。森のこと……もっと教えてほしいの」
ノノは目をぱちぱちさせてから、にっこりと笑いました。
「いいよ! それじゃあ今日は、特別な“森の守り人レッスン”をしよう」
「森の守り人?」
ミミは首をかしげました。
ノノはポケットから小さな葉っぱのノートを取り出しました。
その表紙には、金色のインクで小さな木の模様が描かれています。
「森の守り人はね、森の声を聞き、森を守る人のことなんだ」
ノノはページを開きながら話しはじめました。
「たとえば……木をむやみに折らないこと。動物たちを驚かせないこと。水を汚さないこと。そして、森に入るときは、静かに“おじゃまします”って心の中で言うこと」
ミミは真剣にうなずきながら、ノノの言葉を一つひとつ胸に刻みました。
「うん……森って、ただ歩くだけじゃなくて、心で触れる場所なんだね」
ノノは嬉しそうに笑いました。
「そう。森は友だちなんだ。だから、話しかければちゃんと返してくれるよ」
ふたりは森の奥へと歩き出しました。
空気がひんやりと澄み、鳥の声が遠くでこだまします。
やがて、一本の大きな木の前にたどりつきました。
「ここが“木の心臓”と呼ばれている場所だよ」
ノノがささやくように言いました。
ミミはそっと手を幹に当てました。
すると、指先からかすかな鼓動のようなぬくもりが伝わってきます。
そのぬくもりは、まるで森全体が呼吸しているようでした。
「……あったかい」
ミミは驚いて目を見開きました。
ノノは小さくうなずいて言いました。
「木の心臓は、森の命の源なんだ。ぼくらが優しく触れれば、木も喜んでくれる。怒っていないときの森は、とてもやさしい音をしているんだよ」
ミミは耳を澄ませました。
葉っぱのこすれる音、風のささやき、小さな虫の羽音……
そのすべてが不思議と調和して、一つの歌のように聞こえました。
しばらくして、ノノは腰に下げていた小さな笛を取り出しました。
「これを使ってみよう」
笛は木の枝でできていて、先には小さな羽が結ばれています。
ノノは笛をミミの手に乗せ、やさしく言いました。
「森に話しかける笛なんだ。心を静かにして、ゆっくり吹いてごらん」
ミミは少し緊張しながら、笛を唇に当てました。
そっと息を吹きこむと、澄んだ音が森に広がりました。
すると、不思議なことが起こりました。
風がふわりと動き、小鳥たちが木の上でさえずりをはじめたのです。
花の香りも少し強くなり、森じゅうが目を覚ましたようでした。
「ノノ……!」
ミミが驚いて振り向くと、ノノは満足そうにうなずきました。
「ほらね、森が答えてくれたでしょ」
ミミの胸があたたかくなりました。
「私も……森の声を聞けたんだね」
「うん。ミミはもう立派な“見習い守り人”だよ」
夕暮れが森を金色に染めはじめたころ、ノノは小さな包みを取り出してミミに渡しました。
「これ、ミミにあげる」
包みの中には、細い蔓で編まれた葉っぱのペンダントが入っていました。
光の角度で、葉脈がきらりと金色に輝きます。
「これは森の守り人のしるし。ミミにぴったりだよ」
ミミは胸の前でペンダントをぎゅっと握りました。
「ありがとう、ノノ。大事にするね」
ノノは微笑んで空を見上げました。
「このペンダントはね、森の声が聞こえるおまもりなんだ。困ったときは耳をすませてごらん。森が必ず答えてくれるから」
その言葉を聞いて、ミミは胸の奥がじんわりと温かくなりました。
夜、ミミはベッドの中でペンダントを握りしめました。
窓の外では、風がやさしく木々を揺らしています。
「森の声……ちゃんと聞こえるよ」
ミミは目を閉じました。
まぶたの裏に、ノノの笑顔と、木々のざわめき、そして森の笛の音がやさしく響いていました。
その夜、ミミは静かに微笑みながら、森の魔法とノノのやさしさに包まれて、深い眠りについたのでした。




