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はじめてのおつかい

 朝の光がやわらかく部屋の中に流れこみ、カーテンのすき間から小さな光の粒が踊っていました。

 ミミは目をこすりながら、ふわっと伸びをしました。

 昨日の夜に見た光の精たちのきらめきがまだ心の中に残っていて、胸の奥がぽかぽかとあたたかく、なんだか嬉しくて仕方ありませんでした。


「ノノにまた会えるかな……」

 そうつぶやきながら、ミミは顔を洗って朝ごはんの席につきました。

 そのとき、お母さんがやさしく言いました。

「ミミ、ちょっとお願いがあるの。森の薬草屋さんでハーブを買ってきてほしいの。お料理に使う特別なものなのよ」

 ミミの目がきらっと輝きました。

「おつかい!? うん、行きたい! ノノも、お友だちも連れて行っていい?」

 お母さんは笑ってうなずきました。

「もちろん。でも、森の中では足もとに気をつけてね。」

「はーい!」

 ミミは勢いよく返事をして、すぐにお気に入りの長ぐつを履きました。

 小さなリュックにはお水とおやつ、そして手紙が入っています。


 午後になると、陽ざしが少しやわらいで、森を渡る風が心地よく吹いていました。

 ミミは古井戸のそばへ駆けていきます。

「ノノー!」

 振り向いたノノは、いつものように葉っぱのマントを揺らしてにっこり笑いました。

「やあ、ミミ! 今日はなにをしに来たの?」

「おつかいなんだ!」

 ミミは胸を張って手紙を見せました。

「お母さんに頼まれて、森の薬草屋さんでハーブを買うの」

 ノノは目を丸くしてから、うれしそうに笑いました。

「森の薬草屋さんか! ちょっと奥まったところにあるけど、ぼくが案内するよ」

 森の中は、昼の光に照らされて葉がきらきらと輝いていました。

 木の枝の間から、風がささやくようにすり抜けます。

 ミミはノノの後ろを歩きながら、ふと思いました。

「ねえ、ノノ。森で迷わないコツってある?」

 ノノは立ち止まって、木の幹を指でなぞりました。

「そうだね。木の形や風の向き、太陽の位置をよく見ること。それから、ほら」

 ノノは地面に落ちていた小さな白い石を拾い、木の根もとにちょこんと置きました。

「こうやって少しずつ目印を残しておくんだ。これが“森の道しるべ”」

 ミミは感心して、「なるほど!」と声を上げました。

 自分のリュックから小さなチョークを取り出し、

「じゃあ、わたしは印を描くね!」

 と言って木の幹に小さくハートを描きました。

 ノノは笑ってうなずきました。

「かわいい道しるべだね。森の妖精たちもきっと喜ぶよ」


 道の途中、陽だまりの中で色とりどりの蝶がひらひらと舞っていました。

 ミミは立ち止まり、目を輝かせます。

「わあ……きれい!」

 ノノも蝶を見上げながら言いました。

「この花、見てごらん。蝶が集まるこの花は“ひかり草”っていうんだ。薬草屋さんでも人気なんだよ。心を穏やかにしてくれる」

 ミミはそっと花に手を伸ばしました。

 花びらがほんのりと光を放ち、風にゆれるたびに小さな音を立てます。

 まるで森が笑っているみたいでした。

 やがて、木々の間から小さな建物の屋根が見えてきました。

 古びた木の扉に蔦がからまり、窓には乾燥させたハーブが吊るされています。

 ほんのりと甘くて涼しい香りが漂っていました。

「ここが薬草屋さんだよ」

 ノノが指さしました。

 ミミは少し緊張しながらドアをノックしました。

「すみませーん」

 しばらくすると、やさしい声が返ってきました。

「いらっしゃい、ミミちゃん。お母さんから聞いてるよ」

 扉の向こうから現れたのは、白い髪のおばあさん。

 森の葉を編んだエプロンをしていて、笑うと目じりに深いしわが寄りました。

 おばあさんは棚の上からいくつかの瓶を取り出しました。

「このハーブはね、心を落ち着かせてくれるんだよ。お料理に使えば、家じゅうがやさしい香りで包まれるよ」

 ミミは両手で小瓶を受け取りました。

「ありがとうございます!」

 瓶の中では、小さな葉っぱが光にきらめいていました。

 ノノもおばあさんに会釈して言いました。

「森の仲間にも人気なんだよ、このハーブ。ありがとう」


 帰り道。

 空は少しずつオレンジ色に染まり、木々の影が長く伸びていきます。

 ハーブの香りがふんわりと風に乗って漂い、森全体がやさしく息づいているようでした。

 ミミは瓶を大事に抱えながら言いました。

「ノノ、今日はありがとう。一人だったら、きっと途中で迷ってたかも」

 ノノは笑って首を振りました。

「ミミはちゃんと森を見てた。印もつけたし、風の音も聞いてた。もう“森の子”だね」

 ミミは顔を赤らめて笑いました。

「えへへ……次は一人でも行けるかな」

「うん、きっとできる」

 ノノは夕焼けの光を受けて、少し大人びた笑顔を見せました。

「でも、ぼくはいつだって近くにいるよ」

 その言葉に、ミミはうなずきました。

 そして空を見上げると、木々の向こうに一番星がきらりと光っていました。

「おつかい、成功だね」

 ノノが小さくつぶやきました。

「うん!」

 ミミは胸いっぱいに息を吸いこみました。

 森の香りと、ハーブの香りと、そしてノノの声が混ざって、それはまるで魔法のように、心の中をあたためていきました。


 夕焼けが森を包み、小さな二つの影が、光の道をゆっくりと家へ帰っていきました。

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