小さな花のひみつ
夏の午後。
森の奥にある草原は、まるで空のかけらを散りばめたように、色とりどりの花で満ちていました。
赤、青、黄、白……その一つひとつが小さく揺れ、風のたびにほのかに香りを放っています。
「ねえノノ、見て! この花たち、ぜんぶ違う色で咲いてるね!」
ミミは花のあいだを駆け抜けながら、笑顔で振り返りました。
草の上を踏む音が軽やかに響き、ノノの葉っぱのマントが風にひらりと舞います。
「そうだよ。この草原はね、ぼくたち森の小さな者たちにとって、とても大切な場所なんだ」
ノノはやさしい声で言いました。
「ここに咲く花は、“魔法の花”って呼ばれているんだ」
「魔法の花?」
ミミはしゃがみこみ、両手で小さな青い花をそっと包み込みました。
花びらは薄い羽のように繊細で、陽の光を透かしてほのかに光っています。
「どんな魔法があるの?」
ノノは少し胸を張って答えました。
「昼間はふつうの花みたいに見えるけど、夜になると花びらが光るんだ。その光は、森の魔法の力のしるし。花が光ることで、森全体の魔法を守っているんだよ」
「夜の花……」
ミミの目がきらりと輝きました。
「見てみたいな。どんなふうに光るんだろう」
「ふふ、今夜見せてあげるよ。ここで待っていよう」
ノノは楽しそうに笑い、草の上にちょこんと座りました。
「花が光るのを見るとね、心の中まであたたかくなるんだ」
ミミも隣に座り、草の上で寝転びました。
ふたりは風にそよぐ花を見上げながら、ゆっくりと時間を過ごします。
「ノノはどうしてそんなに森のことを知ってるの?」
ミミが尋ねると、ノノは小さく微笑みました。
「ぼくのおばあちゃんが森の守り手だったんだ。子どものころから、森のひみつをたくさん教えてもらったんだよ」
「おばあちゃんの話、聞きたい!」
ミミは身を乗り出しました。
ノノは少し遠くを見るような目をして語りはじめました。
「“ささやきの木”っていう木があるんだ。風が枝を通り抜けるとね、昔の声が聞こえるんだって。おばあちゃんはその声に耳をすませて、森の記憶を聞いていたんだよ」
「森の記憶……なんだかすてき」
ミミはうっとりとつぶやきました。
ノノはうなずき、少し照れくさそうに笑いました。
「いつか、その木にも一緒に会いに行こうね」
やがて空がゆっくりと赤く染まり、風がやわらかく頬をなでました。
太陽が沈むころ、草原には淡い影がのびはじめ、空気が少しずつひんやりしてきます。
「ねえノノ、もうすぐだね。花が光りはじめる時間」
ミミがそっとつぶやくと、ノノはうれしそうにうなずきました。
ふたりは草原の真ん中に並んで座り、静かに空を見上げました。
そして。
空が紺色に染まると同時に、草原の花たちがひとつ、またひとつと淡く輝きはじめました。
「……わあ!」
ミミの口から小さな息がもれます。
光の花びらが風に揺れ、草原全体が星空のようにきらめいていました。
「まるで、地面に咲いた星みたい。」
ミミの声が夢見るように響きます。
ノノは花のそばに膝をつき、そっと指で花びらをなでました。
「この光はね、太陽の魔法なんだ。昼のあいだに光を集めて、夜になると森に返してるんだよ」
「森に返す……」
ミミは小さくつぶやき、光る花を手のひらにのせました。
その瞬間、ほんのり甘い香りがただよい、胸の奥までやさしく広がっていきました。
「ねえノノ、この魔法、私にもわけてくれる?」
ミミがたずねると、ノノはやさしく笑いました。
「もちろん。魔法は、誰かと分け合うためにあるんだ」
ふたりのまわりで、花たちの光がいっそう強くなりました。
ミミは両手を胸の前で組み、静かに願いをこめます。
「どうか、みんなが笑顔でいられますように」
ノノはミミの肩にそっと手を置き、ささやくように言いました。
「きっと、その願いは森じゅうに届くよ」
夜風が草を揺らし、花びらが光の粒となって舞いあがります。
頭上には星空、足もとには光る花。
その景色の中で、ふたりの心はやさしくひとつに結ばれていました。
森の花が教えてくれたのは、「魔法」は特別なものじゃないということ。
誰かを想うその気持ちこそが、いちばん大きな魔法なのかもしれません。




