風の道をたどって
朝日がやわらかく森を照らしていました。
木々の葉のあいだからこぼれる光は、小さな金の粒のように地面を染め、草の上には夜露がまだきらきらと光っていました。
風がひとすじ吹き抜けるたび、枝のあいだから木漏れ日がゆらめき、まるで森が呼吸をしているようでした。
ミミは早起きをして、胸の奥がわくわくしていました。
昨日、ノノと約束したのです。「明日は風の道をたどろう」と。
それがどんな場所なのか、どんな音がするのか。
想像するたびに、心がふわりと浮かぶようでした。
「ノノ、おはよう!」
森の入り口でミミが手を振ると、木の枝の上からノノがひらりと降りてきました。
葉っぱのマントが風に舞い、陽の光を受けて淡い緑色に輝きます。
「おはよう、ミミ。今日の森はいい風が吹いてるよ。風の道を歩くにはぴったりの日だね」
ノノはそう言って、耳をすませるように目を閉じました。
「ねえ、風の道ってどんなところなの?」
「風が生まれ、森を抜けて、空へと旅立っていく場所さ。でもね、風は目には見えない。だから、心で感じるんだ」
ミミは真剣な顔でうなずき、ゆっくりと深呼吸をしました。
すぅ……と吸い込むと、森の香りが胸いっぱいに広がります。
草の匂い、木の皮の匂い、少し湿った土の匂い。
そしてそのすべての間をすり抜ける、透明な“風の気配”。
「ノノ、風ってどんな声で話すの?」
そうたずねると、ノノは小さく微笑みました。
「そっと耳を澄ましてごらん。風はいつも何かを歌っているんだよ」
ミミは目を閉じ、そよそよと吹く風に耳をすませました。
木の葉が擦れる音。枝が軽く鳴る音。どこかで鳥が翼をはばたかせる音。
それらがひとつに重なって、まるで優しいハープのような調べを奏でていました。
「……あれ? 風が歌ってるみたい!」
「そう。風は森の歌い手。森じゅうを旅して、いろんな話を集めてくるんだ」
二人は森の中を歩きはじめました。
風が通り抜けるたび、木々が軽く揺れて光をこぼし、足もとの草がささやきました。
森は生きていて、風とともに話しているようでした。
「ノノ、風はどこから来るの?」
「遠い山のむこうや、大きな海のかなた。風はね、世界じゅうを旅しているんだ。だから、どんな遠くの話も知ってる」
ノノは少し目を細め、続けました。
「ある村では、風が乾いた畑に雨を運んできたんだ。また別の国では、旅立つ子どもにやさしく触れて“また会おう”って告げた風もある」
ミミはその話に目を輝かせました。
「風ってすごいね。優しいし、強いし、みんなの夢を運べるなんて!」
「そう、風は願いを遠くまで運ぶんだ。君の想いも、ちゃんとどこかに届いてるよ」
ふたりはさらに奥へ進みました。
やがて、木々の間からまぶしい光が差し込み、風が一気に強くなりました。
葉っぱがざわめき、枝がきらめき、森の空気が変わります。
「ここが風の道の入り口だよ」
ノノが指をさす先には、大きな古い木が立っていました。
その根元のあたりで、風が渦を巻くように吹き抜けています。
見えないけれど、確かに“道”の形をしているように感じられました。
「わあ……これが風の道……!」
ミミは息をのみ、そっと手を伸ばしました。
手のひらをすり抜ける風が、まるで柔らかな糸のように指のあいだを通り抜けていきます。
「風は見えないけれど、この場所では声がいちばんよく聞こえるんだ」
ノノはそう言って、ミミの手を取ります。
「さあ、一緒に風と踊ろう」
ミミは少しだけ緊張しながらもうなずきました。
「うん……やってみる!」
二人は目を閉じ、風の音に身をゆだねました。
そよ風が髪をくすぐり、ノノのマントを軽やかに揺らします。
風はふたりのまわりをくるくると回り、まるで透明な精霊が踊っているようでした。
「ノノ、風が笑ってるみたい!」
「そう、風はいつも笑ってるんだ。自由だからね」
ミミは心の中でそっとつぶやきました。
「私も、風みたいに自由に旅してみたいな。ノノの村にも、いつか行けるといいな」
ノノはやさしく微笑み、頷きました。
「その日がきっと来るよ。風は道をつなぐから。風の道を歩けば、どんな遠くにも届くんだ」
そのとき、風がひときわ強く吹き抜けました。
木々の葉が一斉にざわめき、光が踊るように揺れました。
ミミは思わず笑いました。
「ねえ、ノノ! 風が祝福してくれてるみたい!」
「うん。ぼくらが“風の仲間”になった証だよ」
風の音は歌のように変わり、耳もとでささやくように響きました。
『君の心の中にも、風はいるよ。いつでも、どこにいても』
ミミは胸に手を当て、ゆっくりと目を開けました。
森の光がまぶしく、風が頬を撫でます。
「ノノ、ありがとう。風の声、ちゃんと聞こえたよ」
「それならもう、ミミも風の旅人だ」
ふたりは笑いあい、また森の奥へと歩き出しました。
風の道はまだまだ続いています。
どこか遠くで鳥の羽音がして、風がそれを追いかけるように流れていきました。
ミミは空を見上げ、澄んだ青を見つめました。
心の奥に、新しい力が生まれていました。
「ねえノノ、これからもずっといっしょに冒険しよう」
「もちろんさ。風の道は、ぼくらの物語を運んでいくんだ」
その声は、風に乗って森の果てまで届きました。
朝の光と風がまじりあい、ふたりの周りに、見えないけれど確かな魔法の輪を描いていました。
そして風はまた新しい物語を生みながら、どこまでも流れていきました。
ミミとノノの心を乗せて。




