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73話 蒼く、暗く2

   †  †  †


 名称未定ダンジョン六階――ボスフロア。


『おいおい、マジか――』


 ボレアスが、呆れたようにこぼす。海面に立つような蒼い空間――その“床”から浮かび上がる蒼黒い半魚人――体長()()()()()()を超えるその巨体は、まさに圧巻だ。


「え、えっと……これって……?」


 刀で武装した魚人、安曇たちが怯むのを気配で察して岩井駿吾(いわい・しゅんご)が息を飲む。その巨大な蒼黒い魚巨人に、藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)が『ツーカー』で答えた。


『おそらくは、安曇(あずみ)たちの祖神である安曇磯良(あずみのいそら)かと』


 魚巨人――安曇磯良が、踏み込んでくる。それにすぐさま、駿吾は三〇体を超える安曇たちを送還した。彼らが安曇磯良と敵対することを拒んでいる、そう感じたからだ。


「ボレアス、大丈夫……?」

『おう、こいつはさすがにオレの出番だな』


 応え、ボレアスは暴風を纏う――ガキガキガキガキ!! と竜を模した頭部、異形の手足、翼――体長一五メートルを超えた巨大な銀白色の像が安曇磯良と向かい合う。


『やろうか、神サマ』

『お、おおおおおおおお、おお、おおおおおおおおおおおおん!』


 安曇磯良が踏み込み、直径三メートルはある巨大な水晶潮盈珠(しおみつたま)が“床”へ落ちた瞬間、ぞぶあ! と蒼黒い海が立ち昇り安曇磯良サイズの太刀へと変わった。それに対してボレアスもまた、銀白色の剣を生み出すと真っ向から激突させた。


   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】安曇

【ランク】D

筋 力:C

敏 捷:D

耐 久:D

知 力:‐

生命力:D+

精神力:D-


種族スキル

《水陸適応》

《魚人泳法》:D

《船舶操作》:D


固体スキル

《習熟:刀》:C

《習熟:魔法:水》:E


   †  †  †


 三階から六階に出現した蒼黒い魚人安曇、サイズに等しく戦闘能力を大きく上昇させたような安曇磯良とボレアスの激突に、セリーナ・ジョンストンは自らが召喚したシルバー・ドラゴンの背で呟いた。


「これはさすがに私も交じると邪魔になりそうだわ」

「少なくとも、Aランクはあるかも、あれ」


 その銀竜の背に一緒に避難していた篠山(しのやま)かのんは、眼下で繰り広げられる巨体同士の激突に見入ってこぼす。かのん自身、初めて肉眼で見るボレアスの全力と言うのもあるが――あのサイズのボレアスでさえ、小柄に見えるほど安曇磯良は巨大だった。


『純粋な出力であれば、ボレアスの方が上です。問題ないでしょう』

「そうね」


 だが、ボレアスの実力を知るセンチュリオンとセリーナからすればまだ安心して見ていられる戦闘だ。安曇磯良という祖神、その()()()()ならば、あの守護像の敵ではない――。


『来い、竜の牙!』


 ドラゴン・トゥース・ウォーリア――クローム製の骸骨たちが、ボレアスの周囲を飛ぶ。鋭い矢が、剣の一閃が、槍の刺突が、安曇磯良の蒼黒い鱗に覆われた関節を的確に狙っていく。


『お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!』


 それでも安曇磯良は止まらない、大上段からの斬撃――それにボレアスは銀白色の守護像を踏み込ませる。


『――あばよ』


 振り下ろされた太刀、その柄を握る拳へ拳打を叩き込んだボレアスは、零距離で剣を射出――安曇磯良の胸を刺し貫いた。


   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】安曇磯良

【ランク】A

筋 力:A+

敏 捷:D

耐 久:A

知 力:‐

生命力:A+

精神力:A-


種族スキル

《水陸適応》

《魚人泳法》:A

分霊(わけみたま)


固体スキル

《習熟:刀》:A

潮盈珠(しおみつたま)》:A

潮乾珠(しおふるたま)》:A


   †  †  †


『お見事です』

『そいつぁ、どうも』


 センチュリオンの労いに、ボレアスも軽く返す。“魔導書(グリモア)”で安曇磯良のデータを確認すると、駿吾は《分霊》の項目に指を滑らせた。


「これって……」

「うん、ようは神様本体じゃなくてその一側面って意味だね」


 かのんも“魔導書”を覗き込み、そう補足する。神道や道教において、神霊とは無限に分けられる存在である。例えば、分霊された神社がいくらあろうと元の神霊には影響はなく、まったく同じ加護を受けられる――あの安曇磯良も、安曇磯良の海神としての一側面に過ぎないのだ。


「これは本当にAランクダンジョン認定されてもおかしくないかもね。まだ、下の階層があるし」

「どうする? このまま進む?」


 かのんの呟きに、セリーナが問いかける。“床”に空いた穴、そこに見える下り階段はあのAランクである安曇磯良さえ超える相手がいる可能性を示していた。

 かのんは考え込み、駿吾とセリーナの視線に答えた。


「うーん、今日は一回戻ろうか。一回、芦屋ちゃんに相談してみたいし」

「はい、わかりま――」


 こくん、と駿吾が頷こうとした、その時だ。ふと、妙な気配を感じて駿吾は動きを止めた。


『どうした? 主』

「……ううん、なにか、今、視線があった、かなって?」


 ボレアスの問いに、駿吾自身も要領を得ずに答える。なにかに見られていた……そんな、言語化できない曖昧な感覚。しかし、それはボレアスの守護像としての感覚も、紫鶴の浄眼でさえ察知していない感覚だ。


『視線ですか? なにもない、と思いますが』

『ま、主がなにかを感じたなら、それはそれで気をつけておいた方がいいだろうよ。ダンジョンでは、なにが起きるかなんてわからないんだ』

「……うん」


 ここでは、常識こそ非常識に追いやられる。警戒をして、しすぎることなどないのだから――駿吾は紫鶴からのメッセージとボレアスの思念に、そう頷いた。


   †  †  †

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