69話 なんなの? このメンツ、と巽は訝しんだ
† † †
岩井駿吾がボレアスに背負われて地上に戻ってくると、セリーナ・ジョンストンが目を丸くして出迎えた。
「ちょっと! ショウゴ、なにがあったの!?」
「あ……いや、うん。後で説明するけど、ちょっとトラブルがあって……」
『トラブル? ボレアスがいて……ですか?』
そう驚いた念話を返したのは、センチネルだ。その声色に、ボレアスも苦笑する。
『まったくもって面目ない限りさ』
「……違うよ、ボレアスは悪くなくて――」
少なくとも主を危険な目に合わせた――守護像としてそう気に病むボレアスを否定しようと駿吾が口を挟もうとした、その時だ。
「お? もしかしてジョンストン? なんでここに?」
「は? タツミ。あんたこそどうしているのよ」
ボレアスの後ろから声に気づいて覗き込んだ国松巽が、セリーナの姿に目を丸くする。同じ表情で返すセリーナと巽に、駿吾が言った。
「……あれ、知り合い?」
「あ、うん。タツミ・クニマツって言えば、実力だけならSランクでもおかしくないって世界でも有名な召喚者だもの。一度、一緒にダンジョンアタックしたことあってね」
「いや、それこそ世界一有名な合衆国一の召喚者に言われてもなぁ」
セリーナの説明に、巽が苦笑いする。だが、そこまで言ってから、セリーナは事情を察したようにボレアスの背中にいる駿吾を見上げた。
「――もしかして、その“左目”で見ちゃった?」
「あー……うん。でも、もう大丈夫だから……」
どおりで、とセリーナは篠山かのんの隣で《隠身》も忘れて気落ちしている藤林紫鶴を見る。駿吾の仮面越しの視線に気づき、ヒラヒラとセリーナが手を振る――フォローは任せて、というセリーナの意思表示に、コクンと駿吾は頷く。
「とにかく、小屋に戻って休んだら? タツミがどうしてここにいるのかも、後で教えてね」
† † †
バーバ・ヤガーの小屋、その一室でようやく駿吾は仮面を外してソファに身を沈めた。そのぐったりとした駿吾の額を冷たい手で優しく撫でるのは、スネグーラチカだ。
『熱はないようじゃが……まったく。本当に面倒事によく巻き込まれるのぉ』
「ん、心配かけてごめんね……」
はあ、と心地いい冷たさに呼吸を整えて、改めて駿吾は向かい側のソファに腰を下ろした巽と向かい合った。
「あ、の……あの子……は、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、クトゥグアか。ま、ちょっと消耗したみたいだけど怪我とかはないみたいだ」
「そう、ですか。良かった……」
駿吾が安堵の表情を見せて、巽が怪訝な表情を見せる。その表情に、駿吾が戸惑ったように言った。
「あの、なにか……?」
「いや、余裕だな。キミ」
「え?」
「いや、あのガーゴイル……ボレアスだっけ? クトゥグアと単騎で殴り合えるモンスターがいたとしても、少しは……あー、怒ってもいいと思うぞ?」
「怒る?」
どうして? とキョトンとする駿吾に、巽は噛み合わないな、という様子で苦笑する。
「クトゥグアを見て、あれだけ苦しんだんだ。少しぐらい、文句を言われる覚悟をしてたんだがなぁ……変わってんな、キミ」
「……はぁ」
「無駄じゃ無駄じゃ。こやつにそういうのを期待してやるな、国松の」
パタン、とノックも無しに部屋に入ってきた丸縁サングラスの少女に、巽が息を飲む。咄嗟に身構え、叫んだ。
「道満の婆さん!? はぁ!? なんであんたまでいんだよ!?」
「ばかんすじゃよ、ばかんす。この小僧っ子の付き添いじゃ」
駿吾の座るソファの後ろに立って、くしゃくしゃと頭を撫でる蘆屋道満に、巽は哀れみの表情を見せる。色々と察した、そういう表情だ。
「そっかぁ……苦労すんなぁ、キミも」
「え、あ……ハイ?」
「こやつは、儂とは別口のヤツに見込まれておってのぉ」
「おいおい、まさか今回もサン・ジェルマンの仕込みじゃないよな?」
「今回はあやつは無関係じゃよ……多分」
巽と道満のやり取りに、駿吾が道満を見上げて訊ねた。
「……サン・ジェルマン?」
「サン・ジェルマン伯爵、儂と同じ……いや、儂よりも長生きの爺さんがおってな? 国松のは、そやつのお気に入りなのよ」
「こっちはいい迷惑だっての」
サン・ジェルマン伯爵――それは一八世紀に語られる、無数の不老不死に関する逸話を持つ伝説的人物だ。数十年その外見が変わらなかったという話に始まり、様々な目撃例からタイムトラベラー説まであった人物とされていたが――。
「儂も“迷宮大災害”の時に面識を持っての。ま、他にもそういう連中が“最初の探索者たち”を導いておった過去があるのよ」
「今でも口出しすんのは、あんたやサン・ジェルマンくらいだけどな!」
「ぬしのことまで、儂は口出しせんわい。むしろ、なんでここにおるんじゃ?」
サングラス越しに半眼する道満に、巽はようやく本題に戻ったと表情を改める。改めて、駿吾に視線を戻した。
「さっきも聞いたけど、今は八月って……マジ?」
「……ハイ」
「ぐあー、マジかぁ。いや、俺がダンジョンのトラップに引っかかったの、二月だから……うっわー、半年も行方不明だったのかよ、俺」
――巽の説明を短く解説すると、こうだ。
巽は、あるSランクダンジョンに挑戦中、ダンジョンの転移トラップに引っかかり異空間を彷徨うはめになった。クトゥグア以外にもモンスターはいたが、その延々と階段だけがある異空間を昇っている間に一体、また一体と召喚できないほど消耗していき――結果として、クトゥグア以外は召喚不能な状態にまで追い込まれていた。
「んで、妙な空間の歪みを発見したからその先をクトゥグアに覗いてもらったら――あのダンジョンだったって寸法よ。いや、本当に悪かった。まさか、戦闘になるとは……」
「意思の疎通ができないからのぉ、くとぅぐあとは。アレは人と精神の波長が合わん。国松のは、こう、頭のタガが外れておるからなぁ。どうなっとるんじゃ、ぬしの精神力」
「ほっとけ」
クトゥグア――とある神話で生ける炎とも言える邪神である。Sランクモンスターに分類されるが、精神構造や存在の在り方があまりにも人間と違いすぎて、真の姿を目撃しただけで狂気に犯され見た人間の精神が破壊されるという生きた災厄だ。
「その“左目”、魔眼なんだろうが……後天的に呪われてそうなったのか?」
「え……は、はい……」
「見えすぎるのが原因だな。本当、計算外だったわ」
あの少女形態であれば、かのんがそうであったようにただ見るだけなら問題はなかったはずだ。しかし、呪いによって魔眼化したばかりの目はその本質を見てしまった――だからこそ、頭痛や不調に襲われたのだ。
「あ? いや、それは――あー、その……その“左目”、閉じられるか?」
「え? 閉じると言われても、あの……」
「――これでええじゃろ?」
そう言って、不意に道満が駿吾の“左目”を手で覆う。それだけで、“左目”が闇で見えなくなった。
それを巽が見ると、小さな炎が彼の横に現れた。炎は長い栗色の髪をした、赤いドレスの少女になった――クトゥグアの少女形態だ。
「あ……」
少女が、大きく口を動かす。六音、その動きを駿吾は確かに右目で見た。
――ご・め・ん・な・さ・い。
しゅんと沈んだ表情の少女が、口の動きでそう謝罪したことを駿吾は察した。それに駿吾は優しい笑みで返した。
「気にしないで。ボクの方こそ、ごめんね。君の言うことをわかってあげられなくて」
『――――』
駿吾にそう言われて、クトゥグアは少し目を見張り――炎になって、かき消えた。その行動に、巽が笑う。
「ははは、なんかこいつ、照れて――あっちぃ!?」
よけいなこといわないで、と批難するように熱を発するクトゥグアに、巽が悲鳴を上げる。それに小さく吹き出す駿吾に、隣で沈黙を守っていたスネグーラチカが冷たい指でその頬を軽く抓った。
『まったく、この主様は仕方がないのぉ』
「そこはこやつの良いところと思って流してやれい」
スネグーラチカの文句とカカッと笑う道満のやり取りに、駿吾はなにかおかしかったかな、と小首を傾げた。
† † †
サン・ジェルマン伯爵は、また後ほど出番もあるでしょう……多分、きっと、だといいなぁ。
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